「沢村先生。ノートありがとねーん♪」
右川が強引に置いたノートは……見た事もない代物だ。
恐る恐る開いてみる。
『今日はミノリと2人で行け。暗くなる前に戻れ。これはあたしのメルアド。悪用したら、ブッ殺す!』
ブッ殺す!は、レインボーカラー2重丸だ。
授業が始まり、周囲はバタバタと席に着く。
右川も席に居て、隣の男子と笑っている。
俺はひそかに……右川のアドレスを登録した。
その日の放課後。
桂木には理由を話して同伴を断り、『俺1人で行く』と右川に送る。
桂木と2人で行けと気を使いながらも、暗くなる前に戻れとは、何やら嫌な予感を感じていると考えたからだ。
校庭を出て、準備体操中の陸上部を横目に、そこへちょうどやって来た付属の見学団と、静かにすれ違う。顔を伏せた。
「深川のヤツ、あいつ絶対人狼だろ」「いや、あれは裏切りモノの顔だ」「つーか、今日この後って、塾?」「いや、この後は先輩に呼ばれて」「んじゃ、その後マックで待ち合わせしね?一狩りいっとく?」「つーか、おまえのレベル今いくつだよ?」
気付かれないうちにと、俺は足早に先を急いだ。
最初の頃と比べたら、見学団の緊張は幾分、和らいでいる。
元からそれほど興味も無いのか、共学もそれほど変わらないとして、単純に飽きたのか。喧嘩の報告が無い事に安堵して、今は受け流す。
帰宅部に紛れて、駅までの道のりをひたすら行く。
まるで授業をサボるみたいな後ろめたさで居心地が悪い。
片道580円……往復、ギリ持ってた(奇跡)。
急行、各駅、いくつか電車を乗り継ぎ、最寄りの駅に降り立つ。
初めて降りる駅。こんな時間から外を行く事自体が新鮮だ。
人見知りと挙動不審を交互に演じていると、バスを待つオバさんに、「学生さんは、向こうでしょ」と勝手に判断された。
何かと思えば、そこから付属高校直通のスクールバスが出ていると言う。
この時間、行きのバスに乗る生徒はいない。
制服の違いから、運転手には怪しまれつつ、理由を説明。
そこから、どんどん話しかけられて、途中のバス停、「あそこに見えるでしょ。あれが男子寮でね」と、そんな説明に適当に相槌を打つ。
はぁ。いえ。はい。盛り上がらない会話に、お互い食傷気味だ。「最終バスは6時だからね」と、その台詞を最後に会話が終わる。
バスは目的地に到着。(かなり長い沈黙だったな。)
帰途に就く付属の生徒と入れ違いに、校門をくぐった。
制服の違いからか、すれ違う男子が疑わしい目でガンを飛ばす。
何人かは通り過ぎた後ろで、ヒソヒソとやる。
割とまともそうな輩を捕まえて事情を話すと、玄関先に連れて来られて、そこでまた、しばらく待たされた。
程なくして男子が1人現れる。見た目、今まで見た中で1番真面目そう。
ちょっと小太り気味。1年生か。どこか幼い顔立ちをしている。
生徒会を尋ねると、
「双浜の、ですよね」
何も言わなくてもわかったらしい。
この行事は付属にとってもイベントだから、当然と言えば当然か。
だが、そこまでの盛り上がりを見せる事も無ければ、遠方からやって来た客を程々に扱うといった事も無く。困ったような顔は見せたが、とりあえず彼は案内に入った。
校門あたりから分かる事だが、とても綺麗な学校だ。匂いが違う。
「綺麗な校舎だよね。新築なの?」
「いえ」
……終わった。会話の成り立たない校風なのか。
生徒の姿が、ちらほらと見える。だが放課後という割には、声がしない。
それを不思議に思いながら、案内の後を付いていく。
生徒会室に着いた。
案内されて入ったのは、まるで会議室のような小部屋である。
誰もいない。ここで待つように言われて、メールで右川に到着を知らせた。
おもむろに、報告できる案件・報告書を取り出していると、そこに見覚えのある会計の赤野が顔を覗かせた。まるで十年来の親友を見つけたような気分になる。正直、ホッとして。
だが、
「45が来てる。女子じゃない」
赤野の、あまりに捨て鉢なモノの言い方に違和感が漂う。
45?
45って、何だ?
赤野の肩越し、向こう側が何やら騒がしい。
誰か居る。1人や2人じゃない。
そこで、さっきの小太り男子が1人、つかつかと入ってきた。
赤野が、「さっさとやれよ」と乱暴に言い捨てると、ドアを閉める。
何なんだ、あの態度。
赤野の豹変に、俺は、ただただ呆然とした。
小太り男子は、「3年、書記の片桐です
淡々とあいさつ、そして目の前に座った。
「あ、書記の沢村です」
うっかり間違えた!と思ったが、訂正する心の余裕がなかった。
こいつ3年だったのか。マジか。ウソだろ。思わず2度見する。
「では、さっそく種目別の進行について、よろしいでしょうか」
「う、あ、はい」
ドアの向こうがずっと騒がしい。それでもこちら側は、不思議なくらいに淡々と、イベントの打ち合わせが始まった。
わざわざ来てもらわなくても……と前置きされて、
「選手は確保済みです。これが当日のメンバー表。少し変更があります。選手、審判、実行委員の名簿です。審判はそれぞれの種目で、半分ずつ担当してください。全て今まで通り、一応メールでも、そちらに送っておきました」
耳で聞きながら、頭でこの状況をまとめて……だが、そんな悠長な事も言ってられない。
片桐という書記が、矢継ぎ早に、次の指示を出してきた。
メールでは、打越会長の指示と思い込んでやりとりをしていたが、実際はそうではなかった事を、ここで初めて知った。
片桐と言う男子は、どこから見ても3年には見えない。
しかし話し方は、かなりしっかりした印象だった。
恐らく、ここの生徒会の中心的役割を担っている。そんな気がする。
ふと、部屋の隅の小さな棚に目が行った。
そこには成人向けの、ああいう雑誌が……俺は、2度目の2度見をした。
本棚に入りきらないその手の雑誌が、棚上1メートル程の高さに横積みされている。ウチは……共学は、ここまで露骨に持ち込むことは無い。
俺の困惑をよそに、片桐とかいう書記は相変わらず、淡々と続けた。
「どこか見学しますか」
我に返る。
かなり唐突。だが、こちらの見学は、それほど必要でもない。
「あ、いえ。それはいいです」
「本当にいいんですか」
「はい。場所の色々は双浜がメインなので、こちらは特に必要ないかと」
「本当にいいんですか」
なんでそこを食い下がるのかと不思議に思っていると、片桐は、そっと1枚の紙を見せた。
『すぐに出て行け。見学は口実だ』
愕然。
片桐が「どうしますか」と、今度は目ヂカラで威嚇する。
ワケがわからず、ただただ狼狽した。
そこへ、赤野が再び現れる。「遅っせーよ。もう出ろ」と片桐に命令。片桐はまだ何か言いたげにしながらも、呼びつけられてそのまま行ってしまった。
そこから赤野を筆頭に、背の高い、横にもデカい、屈強な男子が5人、ゾロゾロとやってくる。
ギョッとして、思わず立ち上がった。

俺……殺される?