「樹。彩乃さんをほったらかして一体どこ行ってたんだよ! 早乙女社長もカンカンだぞ」

会社に戻ると、中谷東吾(なかたにとうご)が血相を変えて副社長室に駈け込んできた。

幼なじみでもある彼は社長秘書兼俺のお目付役だ。

「ああ……ちょっと色々あってな。とりあえず今から早乙女社長の自宅に行って謝ってくるよ」

「分かった。なら俺も行くよ」

東吾は車のキーを握りそう言った。

「なあ……親父には報告したのか?」

廊下を歩きながら尋ねると、東吾はため息をつきながら俺を見た。

「言える訳ないだろ。入院中の社長に今そんな心労をかけたらどうなることか」

「まあ、そうだよな」

「まったく……おまえが『二人きりの方が落としやすい』って言うから、わざわざ二人きりでの顔合わせをセッティングしてやったっていうのに。何でこんなことになってるんだ」

「色々と手違いがあったんだよ」

「は? 何だよ? 手違いって。おまえ、ホテルにはちゃんと向かったんだよな?」

「ああ…ちゃんと1時間前には着いてたよ」

「じゃあ、どうして!?」

「訳はあとで詳しく話すよ。それよりさ、この女のことを調べておいてくれないか。ちょっとあとあと揉めるかもしれない」

俺は綾野菜子の名前と住所を書いた紙を東吾に渡す。

「おいおい、勘弁してくれよ。今、変な女に引っかかってる場合じゃないんだぞ。おまえ、自分の置かれてる立場を分かってるのか?」

「分かってるよ。別に彼女に手を出したとかじゃないから安心しろ。とにかく頼んだぞ」

東吾はやれやれという顔で、盛大なため息をついたのだった。