「ごめん。会社からだ」

樹さんがそう言って立ち上がる。

「あっ、はい! 私も友人からなので」

私も夕夏からの電話に出た。

『もしもし、菜子? あんた、どうしてお見合いすっぽかしちゃったのよ? 中根さん、怒って連絡よこしたんだけど』

「えっ! 中根さん?」

そうだ!
夕夏が紹介してくれた男性は『中根』さんという人だった。

と言うことは、ここにいる彼は私のお見合い相手でも何でもないということだ。

嫌な汗が噴き出してくる。

「ちょっと聞いてるの? 菜子」

「あっ…うん。ごめん。ちょっと手違いがあって会えなかった」

「はあ? もう……何やってるのよ! とにかく謝っておいたけど、あの感じじゃとても許してくれそうもないわね」

「そっか…………。迷惑かけてごめん」

ショックを受けながら夕夏との電話を切ると、樹さんの方も青ざめた顔でスマホをポケットにしまっていた。

彼も恐ろしい現実に気がついたのだろう。

「君さ……早乙女彩乃(さおとめあやの)じゃないよね? 何で『あやの』だって嘘ついたの?」

「私は嘘は言ってません。私の名前は綾野菜子ですから」

「マジか……『あやの』って苗字だったのかよ」

樹さんはガクッと項垂れる。

「……まあ、おかしいとは思ったんだよな。お嬢様にしては品もないし、料理もガツガツ食うし、こんなボロアパートに住んでるしな」