「違います。私はただの秘書なので」

「なんだ。じゃあ、問題ないよね? 僕が君を口説いても」

「く、口説く!?」

思わず声が裏返ってしまった。
まさかの展開に動揺する。

「タイプなんだよね。君みたいな子」

熱っぽく見つめられ、手をギュッと握られた。

「えっ……と」

どうしよう。
普通に考えたらこれはチャンスだ。
いつまでも樹さんのことを引きずっている場合じゃない。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて送って頂いてもいいですか?」

「もちろんだよ。おいで」

彼に手を引かれ、エレベーターに乗った。

「そうだ。君、名前なんて言うの?」

「綾乃菜子です」

「菜子ちゃんか。僕は白崎隼人っていうんだけど……知ってるかな?」

「はい。テレビで拝見して、凄く素敵な方だなって思ってました」

なんて……思いきり嘘をついてしまったけれど、全ては“玉の輿”の為。

私は愛想笑いを浮かべながら、地下の駐車場へと降りたのだった。

けれど、そんな私の前に銀縁メガネの男が立ちはだかった。

「勝手に帰られては困りますね。どうしてロビーで待ってないんですか」

「な、中谷さん!?」

「さっ、行きますよ」

中谷さんは有無を言わせないと言う態度で、私の腕を掴んだ。

そして、白崎社長の顔をジロリと睨む。

「すみませんが、今日のところはお引き取り下さい。彼女は私が送りますので」

「それは残念。でも僕は諦めが悪いので、すぐにまた誘いますけどね」

白崎社長はそんな事を言いながら、私にウインクをして去って行った。