【ホテルのロビーで待っていて下さい】

樹さんと別れたあと、中谷さんからメールが入った。

【ひとりで帰えれますので大丈夫です】

私はそんな返事を送ってロビーを小走りで通り抜けた。

“今夜、あの二人が一緒に過ごす”
そう考えただけで気が狂いそうだった。

結局私は、樹さんへの想いを少しも断ち切れていなかった。

佳子の為に覚悟を決めたはずだったけれど、思わせぶりな言動をする樹さんに心のどこかで期待していたのかもしれない。

あ~ダメだ。
涙で視界がぼやけていく。

目もとの涙を指で拭ったその直後、つま先が段差に引っかかった。

「キャ!」

バランスを崩した私の体は、そのまま前に倒れ込みそうになったのだけど、

「おっと、危ない!」

そんな声と共に誰かが後ろへと引き戻してくれた。

「君、大丈夫?」

男物の香水が鼻をかすめる。
ふと見上げると、今日のパーティーで見かけた茶髪のIT社長の顔があった。

確かツーイーストの白崎社長っていったっけ?
私の“玉の輿婚”の大事な候補者だ。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

ペコリとお辞儀をすると、彼は優しく微笑んだ。

「君ってさ、さっきのパーティーにいた子だよね? 確か宮内製薬の副社長と一緒に」

「はい。そうです……けど」

あんなに沢山人がいたのに、よく私のような地味な顔まで覚えているものだ。

仕事のできる人はさすがだなあと感心していると、次の質問が飛んできた。

「もしかして、パーティー抜けて帰ろとしてる?」

「は、はい」
 
「一人で?」

「はい」

「家はどこ?」

何故か職務質問のようなやり取りが続く。

「えっと……埼玉の方です……けど」

「じゃあ、車で送ってあげようか? ちょうど僕も帰るところだからさ」

「えっ!?」

何故そんな展開に?
私がキョトンとしていると、白崎社長はこう続けた。

「あ~怒られちゃうか。君の彼氏、けっこう独占欲強そうだもんね」

「え? 彼氏?」

「あれ? 君って宮内副社長の恋人じゃないの? 随分と仲良さげに見えたけど」

私はブルブルと首を振って否定した。