その後、樹さんはホテルの最上階にある高級レストランに連れて行ってくれた。

今年で30歳を迎えるという彼。
洗練された男とは、まさに彼のような人を言うのだろう。

さり気ないリード。
気のきいた会話。
ほんとうに何もかもが完璧なのだ。

そして、食事を終えて、ホテルの中庭をふたりで歩く。

「あやのさん」

彼が熱っぽい目を向けてきた。

「はい」

私はゴクリと唾を飲む。

「私はあなたに一目惚れをしてしまいました。どうか私と…結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」

早くも彼の口からプロポーズの言葉が飛び出した。

うそ!?
やった!

まるで大きな鯛が向こうから食い付いてきてくれたような感じだ。

「はい。ぜひ喜んで」

私は笑顔で頷く。

「ありがとう。あやのさんのことを必ず幸せにしますから」

彼はにこりと微笑みながら、私の手をギュッと握ったのだった。

と、ここまでは絵にかいたようなシンデレラストーリーだったのだけど…。

彼が愛車のBMWで私を送り届けてくれたあたりから、だんだんと雲行きが怪しくなった。

……

「えっ? ここに住んでるの?」

築50年の古いアパートを見て樹さんが絶句する。

「はい。実家を出てからはここで独り暮らしをしているんです。でも、中はそこまで古くないですよ」

「そっか」

樹さんはボソリと呟いた。
あまりのボロさに引いてしまったような感じだ。

もしかして、しくじった?
でも、今更そんなことを言っても始まらない。

「あの……よかったら、お茶でも飲んで行きませんか? すぐそこにコインパーキングもありますし」

私は樹さんの腕を掴み、熱っぽく見つめた。

「お願いです。もう少し……私と一緒にいてくれませんか?」

もうこうなったら、強引にでも連れ込んで既成事実を作るしかなさそうだ。
そう考えた私は必死に彼を引き止めた。