「で?お前はどうしたよ」
「...先輩が...キスしてた。彼女サンと」


グズグズと鼻をすすりつつそう呟くと、二宮がピシリと固まる。
いつもなら軽口をポンポン叩いてくるんだけど、今回ばかりは不安げな表情で問いかけてきた。

「...大丈夫かよ、マジで」
「だいじょーぶ...ちょっと取り乱したっていうか、そういう感じなだけだから。慣れてる慣れてる!」

ダメだ、空元気にも無理があるな...。
両者ともに思いっきり項垂れていると。


「...奏...と、二宮くん?」
「和泉!?」

こちらも少し震えた、涼やかな声。
眼鏡の向こうの理知的な瞳が、寂しげな色を伴って小さく震えている。


「2人とも、泣いてるじゃない...何かあった?」
「和泉も泣きそうなの隠しきれてないよ...?」
「...そんなわけないでしょう。私は泣いてないわよ」

和泉は頬を赤らめてそっぽを向き、ボソボソと話してくれた。


夏木先生が「結婚前提に付き合っている彼女がいる」と言ったこと。
その指に銀色のリングがはまっていたこと。
冷静で淡々とした彼女の声は...だけど意識してそう頑張っているのだということが伝わって、心の奥底がキュゥッと痛んだ。


「まぁ...あれだよねぇ。ウチら、ホントうまくいかないなー」


まだ込み上げてくる涙を堪えて、天井を仰いで呟いてみた。
それでも私達は恋をする。叶わないとわかって、何度失恋しても。
同じように傷ついてまでもまた恋をしようと足掻いて、また身体中に現実が纏わりついて、身動きが取れなくなって。


幸せになりたいのに。
私達は間違っているのだろうか。



「...なぁ。ちゃんと俺ら3人の恋が実るように、全員で計画立てるってのはどうだよ?」

二宮が思いついたように呟いた。
私と和泉は呆気に取られて顔を見合わせる。...え、コイツ...何言ってんの?
失恋組3人が集まって何ができるって言うんだ。そりゃあ...三人寄れば文殊の知恵って言うけどさ?


「...何言ってるの?私達全員、そういうの明らかに向いてないし...そんなんで計画立ててもほとんど何も変わらないじゃない」
「そーだそーだ、ほとんど何も変わらな...」



その言葉にピクリと身体が反応した。
『ほとんど』...ってことは。
ほんの少しでも、ちょっとだけでも、良い方向に変われるかもしれないってこと?
この辛さを少しでも...和らげられるかもしれない、ってこと...?


「良い、かも」
「...奏まで何言ってるのよ!?私達が集まったところでっ...」
「『ほとんど何も変わらない』でしょ?でもさ、ちょっとでも何かあるならやってみたいよ!皆、幸せになりたいって気持ちは一緒なはずだもん」
「奏...」


どうせボロボロになって傷つくなら、やるだけやってやろうじゃないか。
あわよくば成功してやろうじゃないかぁ!
和泉が呆れたように肩を竦めた。


「...まぁ、そうね...何もかも諦めてかかってちゃ、いつまでもこのまま燻ってるだけだもんね」
「やらないよりマシなら、やってやろうぜ」
「やってやれないことはない...とかは無いだろうけど、可能性ゼロじゃないし!限りなくゼロに近いけどゼロじゃないし!」


泣き笑いをしながら、夕焼けに染まった私達はそっと手を重ね合わせる。