玲奈は毎日忙しかった。朝6時に起きて30分で準備して家を出て、7時過ぎには大学に着き、授業の準備などをして過ごした。授業がすべて終われば、そのあとはクリスティと授業のことについて話したり、よくわからない提出しなければいけない書類に目を通したり、コーヒーを飲んだりして過ごしていた。

 授業のことを考えるのは楽しかった。それと同時に自分の母国語を教えるということがどんなに難しいことなのかということも感じていた。子どもと違って「なぜ?どうしてこうなるのか。」といちいち学生の質問を考えているうちに、実はこういう言葉も使えるのかも、どちらでも正解かな、と迷ったりする。なんの疑問も持たずに先生の言ったことを繰り返して練習する子どもとは違って、やはり大人に対する授業はそういうところが難しい。でもそれが玲奈にとってのやりがいでもあった。

 授業のことを考えている間にも、勝手に頭がブライアンとスコットのことを考えていた。思い上がりたくもないのだが、今までのことがあってブライアンとスコットが自分に対して興味がないということはないだろう、と考えていた。キスをされたりクラブに来られたり食事に誘われたりしてそんな風に思わないほうが無理だった。

 心臓がドキドキした。何もかもが楽しかった。何もかもがうまくいきそうだった。

 「レイナ先生。」スコットだった。

 「先生、今度何人かで質問にきてもいい?ほんとは二人がいいんだけどさ、友達もテストにそなえときたいって。他の授業も忙しいんだけど、みんな日本語の授業は楽しんだって。よかったね。」

 「ありがとう。もちろん。いつでも聞きにきて。ずっとそうやって学生と時間を過ごすのが夢だったんだよね。」

 「俺と話すのが夢だったって?」

 「えぇ?もちろんあなたも、そしてほかの学生とも。こうやって授業のこととか日本のことについて話をしたりしたかったの。」

 「先生ってふだん何してんの?あのハウスメイトと過ごしてるとか?」

 「え?ブライアン?一緒に過ごしてるというか、もう一人の韓国人の女の子のルームメートが働いてるレストランに行ったってことくらいかな。車もあるしいろんなところに連れてってくれるって。」

 「へぇ。」

 「レイナ、今度ドライブ行かない?俺だって車持ってるんだ。」

 「レイナ?レイナ先生じゃなかったんだ?」

 「俺と二人でいるときはレイナって呼んじゃだめ?」

 「..いいけど。」

 「ほかの子がいるときにはちゃんと先生ってつけるから。」

 「ねぇ、なんでこんなところにいるの?何か質問があるんじゃなかったの?若くてイケメンの男子学生がこんなところで過ごしてていいの?」

 「先生と過ごしちゃだめなの?」

 「え?」

 「俺にだって友達くらいいるよ。俺のこと好きだって言ってくれる女の子だっているよ。けっこうモテるんだ、これでも。でも、俺好きな人がいるんだ。だからその人だけだよ。」

 「へ、へぇ。」いったいなんと言ったらいいのかわからなかった。スコットが私になんと答えてほしいのかもわからなかった。考えるのが面倒だった。

 「で、ドライブ、どう?いいでしょそれくらい。海の近くまで行こうよ。お願い。いいでしょ先生?」

 「うーん...ふつうに考えて、あなたは私の生徒だし、なんかドライブとかは..どうなんだろう..?もちろんドライブは好きなんだけど..でもよくないと思うんだけど。」

 「絶対誓う、変なことはしない。ただドライブに行くだけだから。それ以上のことは求めないから。そして、だれにも言わないよ。」

 「そ、そうね..日本語を教えてもらったついでに、ってことにしといてくれないかな..。」

 「了解。じゃまた。」

 なんだか、とんでもないことになりそうな気がした。でも、彼女には止められなかった。誰かに好かれているかも、というこの感情が何よりも快感だった。

 玲奈は家に帰ってシャワーをあび、また化粧をして、普段は着ない洋服を選んだ。なんて思われるかな..と考えているうちに、約束の時間になりそうになり、あわてて家を出た。