「ここに咲いてる花は、ホーリス様のお気に入りか?」
「よくご存じですね。ホーリス様はお花が大好きでしたので。
こちらの花はホーリス様の私室にも飾っておりました。」
「どうしてわかるの?」
庭に咲く花は基本的に庭師が整備している。
トワが見つけたのは、庭の隅、私たちがお茶をできるようにあるテーブルの上の瓶に刺さった数輪の青い花。
「これはオキザリスの花だから。
花言葉に母親の愛情というのがある。」
「…母親の愛情。」
「しかも夜や日差しのないときには咲かない。
優しくて太陽みたいなホーリス様にぴったりの花だろう。
俺の母親も好きな花だった。きっとこの辺の気候に合うんだろうな。
郊外の草原によく咲いている。」
「郊外の草原...私、本物の草原を見たことがないの。」
生まれてから1度も、私はお城の外に出たことがない。
城下町のこと、郊外のこと、この国の外のことは兄様たちが教えてくれること以外分からない。
写真でしか町の外を知らない。
国を治める国王の娘なのに。
「...そうか。いつかユーリと一緒に出てみるといい。
お前にとってはきっと新しい世界になる。」
「...だといいけれど。エヴァ兄様は忙しすぎて私に構う暇などきっとないわ。」
...エヴァ兄様じゃなくて、あなたと一緒に見てみたい。
喉の奥まで出かかったその言葉を呑み込む。
私にそんなこと言う権利はないのだから。
ユーリ・エヴァ・ジグラード
エヴァ兄様の正式名。皆がエヴァと呼ぶなかでトワだけがユーリと呼ぶ。
トワの中ではエヴァは女性名の印象が強いらしく、エヴァ兄様は確かに美しいけれどとても女性名では呼べないという理由らしい。
そんなこと考えたこともなかった私はそれを聞いた時、思わずエヴァ兄様に「本当なの?」と聞いた記憶がある。
兄様は笑ってそうだよ、と言っていたけれど、エヴァの名はユグノアの血族の中では男にもよく使われる名らしかった。