「ねえ、空月。少し遠出をしてみない」

かなたは空月を誘って、二人が出会った森に出掛けることにした。

森の洞窟につくと、かなたはそっと空月に抱きついて耳元で囁いた。

「両親を亡くして、独りぼっちになった私があなたを見つけて、どれだけ心強かったかわかる?」

当時のかなたは、美しい銀狼の空月に目を奪われ、その優しさに心を癒された。

「ああ、あのときのかなたは無防備で泣き虫だったもんな」

「私に子供の猪を捕ってきてくれたことがあったでしょ?本当は獣を捌いたことがなかったから、驚いて困ったけど嬉しかった」

かなたはそのときのことを思い出して笑った。

「あの肉は旨かった。久しぶりに調理された肉だったからな。見かけは狼でも味覚は人間なんだと悟ったよ」

微笑む空月にかなたは見とれた。

「望月の日に、空月が人形になったときはあまりにも格好よすぎて驚いた。月に一回だけでも人形の空月に会えるなら、私も人狼になっていいって本気で思ったわ」

空月は、かなたの言葉を聞いて眉間にシワを寄せる。

「俺は狼として生きる大変さを知っている。だからかなたの気持ちを聞いても、可能性があるなら人狼として生きる道をかなたに選んでほしくなかった、だからそう言った」

空月もかなたを抱き締める手に力を入れて思いを伝えた。

「あのあと、盗賊に襲われた時に、身を呈して私を助けてくれたよね。あの時から、私の気持ちは空月を求めていた」

「死にそうな俺を必死で看病してくれただろ?そういえばこうして、口移しで俺に薬を飲ませてくれたよな。何度も何度も」

空月は水筒に入れてきた水を口に含むと、かなたの唇を奪い、あの時のかなたの真似をして、空月の口の中の水を口移しでかなたに与えてきた。

「,,,ん、だって直接含ませても、空月は全然飲んでくれなかったから。,,,っていうか、空月、ほんとは気づいてたの?」

「ああ、途中から意識が戻ってた。でも、あと数時間しか人形で過ごせないと思ったらもったいなくて、気づかないふりをしていたんだ」

まさかのカミングアウトにかなたは絶句する。

「狼に戻った後も、熱が下がるまでずっと看病してくれた。感謝してる」

空月はかなたから目を離すと、湖に浮かぶ水鳥に目をやり

「このままでもいいか、と思い始めていた時だったから、目の前にヒロトが現れたときには"かなたにとっては良かった"という思いと"これから俺はかなたと一緒にいられない"という絶望的な思いで複雑な心境だった」

と言った。

「だから、俺はすぐにでも村を去ろうと思った。なのにお前たちは目の前の幸せをつかもうとはしなかった」

「だって、それは私たちにとって本当の幸せではなかったもの」

「だからって、自分を犠牲にして俺たちだけ人間にしようとか考えるか?俺の幸せをお前は何だと思ってるんだ」

かなたは照れ臭そうにそっぽを向いて

「しゃべらない狼の空月の気持ちなんて、私にわかるわけないじゃない」

と言った。

「まあ、確かにそうだな」

空月が笑った。

「言葉が通じるなんて、狼になる前は当たり前のことと思っていた。でも、かなたと出会って、それは当たり前のことではなくて、人間の特権であることに気づいた」

「私も空月の言葉が聞きたかった。自分が狼になったときも、お別れの言葉が言えなくて辛かった」

「それは,,,聞かなくて良かったよ。そんなの聞いたらきっと気が狂ってた」

お互いの気持ちを伝え合うことの大切さを二人は知っている。

「「愛してる」」

どちらからともなく、二人は同じ言葉を口にしていた。

「この運命的な出会いを大切にして、これからも二人で生きていこう」

「出会ってくれてありがとう」

空には、薄白い上弦の月が青空の中にそっと浮かんでいた。

出会ったときは"銀狼と緋色のかなた"。

これからは人間の"空月とかなた"として、人狼の未来を生きていくと、その月に二人は誓った。

end