「ここは?」

先ほど自分がここに来た際に、初めて発した言葉と同じ言葉を発した空月にヒロトは苦笑した。

「緋色眼の人狼が奉る神殿だそうだ」

扉を開けると

「はるか、連れてきたよ」

とヒロトははるかに告げた。

「ありがとう」

神棚の前に佇むはるかは、天井から差し込む月明かりに照らされながら優雅に笑った。

「もうすでに、空月は儀式の半分を実践していたよ」

「血を飲ませてたってこと?」

空月の左腕に巻かれた布を見て、はるかはヒロトの言葉の意味を悟った。

「ああ、止血も完璧だ。空月は何も知らずにかなたを助ける方法にたどり着こうとしていたんだ」

ヒロトが感動を讃えた瞳で空月とかなたを見つめた。

「どういう意味だ」

狼の姿のかなたを腕に抱き抱えたまま、眉間にシワを寄せた空月に、はるかはゆっくりと近づいて、破れた書籍のページの切れ端を見せた。

「見つかったのか?」

空月が、差し出されたメモに目をやると、書かれている内容に言葉を失ったのが見てとれた。

「あとはあの鏡にブラッディムーンを映すだけ」

はるかは神棚に置かれている直径30cm程度の鏡を指差した。

「この切れ端と一緒に置かれていた書籍を読んだわ。あの鏡は、"緋刀"と"緋色の勾玉"と合わせて"三種の神器"と呼ばれている」

はるかは、空月に自分が首からぶら下げていた緋色の勾玉を見せた。

「ただし、あの鏡は碧眼の人狼の種族長から贈られたもので、まだ"緋色の鏡"にはなっていない」

と、はるかは続けた。

その言葉に、碧眼の狼であるヒロトは、目を見開いて鏡を見つめた。

「書籍によると、鏡を神棚から動かせるのは"勾玉の主である緋色眼の人狼"に愛された"碧眼の人狼"のみ。そしてこの鏡を"緋色の鏡"に変えて"三種の神器"を完成させられるのは、"緋色の秘刀の主"であるかなたを愛し"かなたに愛される己のみ"、そう、空月よ」

ヒロトは自分がここにいる意味を理解したように頷くと、神棚に向かい、おじきをしてから鏡を手に取った。

ヒロトは、碧眼の人狼の現種族長の息子だ。

昔から、碧眼の人狼は、鏡やガラス製品を作る技術に特化し、それを生業としてきた。

そういえば、昔、父から、緋色眼の人狼の村に祖先が贈った神鏡が納められていると聞いたことがあった。

ヒロトは神妙な面持ちで祖先が作った神鏡を手に取った。

偶然とはいえ、ここに居合わせた自分の存在が、身を呈して自分を救ってくれたかなたの役に立つのは嬉しかった。

そして、愛するはるかのパートナーとして神鏡に認められるということが嬉しくも誇らしく思えた。


その上、祖先が作った鏡が真の"神器"に変わる瞬間に立ち会えるとは,,,。

ヒロトは厳かに鏡を空月に渡した。

空月は、狼の姿のかなたを床に下ろしてその体の上に緋刀を置いた。

ヒロトから両手で鏡を受け取ると天窓の真下に立ち、ちょうど真上に位置したブラッディムーンを映すように、鏡を天に掲げた。

鏡全体にブラッディムーンが映る。

それは、まるで水面に浮かぶ月のようにはっきりとその姿を映し出していた。

そのとき、

かなたの体の上に置かれた"緋刀"とはるかの首にぶら下がる"緋色の勾玉"、意識を失っていたはずのかなたの緋色の瞳が同時に緋色に輝いた。

みじろくかなたに驚いた空月は、鏡を慌ててヒロトに渡すとかなたに駆け寄った。

神鏡は神々しい緋色を呈し、"緋色の三種の神器"は完成した。

一方のかなたは、空月の腕の中でゆっくりと人形に戻っていった。

ぐったりとした状態のかなたを、空月はしっかりと抱き締める。

「かなた、聞こえるか?かなた」

完全に人形に戻ったかなたを横抱きにすると、空月は心配そうにかなたに声をかけ続けた。