かなたは、父から譲り受けた、緋刀と呼ばれる真っ赤な短刀を懐に忍ばせて村を出た。

両親と叔父夫婦の遺体は、村の御神木の傍らに埋葬し墓石を作った。それが彼らの願いだったから。


村を出て西に数km歩いたところで夜になった。辺りは真っ暗で獣や猛禽類の鳴き声だけが響いている。


かなたが一人で村を出たのは今回が初めてだ。

森から更に数km北に行った所に小さな港町があり、かなた達家族がどうしても必要なものだけは、そこに行って購入した。

かなたも父に連れられて一度だけそこに行ったことがあったが、村の西側には広大な森が広がっており、両親から立ち入りが禁じられていたため、かなたにとっては未開の土地であった。

パキパキと、かなたが小枝を踏んで歩く音が森の中に響く。

かなたは、ねぐらにできそうな洞窟を見つけると、吸い込まれるようにそこに入って行った。

かなたは美少女と呼ばれる外見をしていたが、今は目深に帽子を被っているため少年のようにもみえる。

しかし変装していたとしても、色白に緋色の目はかなり人目を引く。

女性がこんな夜中に一人で出歩くなどもっての他だ。森の中とはいえ、西の町は商業が盛んなため、途中に盗賊がいてもおかしくはない。

洞窟の中を、ランタンで照らしながらソロソロと進んでいく。

一番奥に、銀色に光る双眸を見つけた。

"ガルゥ,,,"

白いたてがみと尖った耳、引き締まった大きな体。尻尾はピンと立てられこちらを睨んでいる。

"綺麗,,,"

かなたは、何故か警戒することもなく、そんなことを思いながらその獣に近づいていた。

銀色の狼。体つきから雄だということがわかる。

「ウォル」

どこかの国の言葉で"月"を現す名前。
かなたは、思わずその銀狼をそう呼んでいた。

ウォルがじっとかなたの緋色の目を見つめる。

かなたは、ウォルに近づくとそっと頭をなでた。ウォルは抵抗もせず、じっと撫でられてくれた。

かなたも人狼だからだろうか?狼であるウォルが全く怖くない。ウォルも人間であるかなたに警戒を解いたようにみえた。

「暖かい」

かなたは、臥せの姿勢をしたウォルの隣に横たわり、背中に顔を埋めた。ウォルもゆっくり目を閉じる。

かなたは、横になってはじめて歩き疲れていることを自覚した。そして、両親をなくした悲しみも,,,。

声をひそめて泣くかなたを、銀狼のウォルは嫌がることもなくされるがままになっていた。