退勤時間となりスマホを見てみるが、返事はなし。
これは今日も行った方が良さそうだと思いながら帰り支度をして会社を出る。

久しぶりに何か体力のつきそうなものを作ってあげようと思い、大型スーパーに立ち寄る。
さて何を作ろうかと考えていたら、スーパーの前にある本屋さんが目に止まり、丁度料理本コーナーが特設されていた。

これからのためにも何か参考になるかもと思い近付くと、また別の文字が目に飛び込んだ。

思わず二度見して確かめる。
やっぱりそこには「林田 空」という名前が書かれていた。

どういう事だとその本を手にとる。
どうやら彼の名前が書かれた本は短編を集めた小説らしく、その本が並べられた特設コーナーは“ベストセラーを振り返ろう”というタイトルで店頭に置かれていた。

慌ててスマホで”林田 空”、と検索する。
すると何冊もの小説作品がヒットし、特にこのコーナーに置かれた短編集はデビュー作にして最大にヒットしたものだという事を知る。
数々の賞も取っている様だが、素人の私にはいまいち分からず。とにかく当時は結構話題になっていた様だ。

そうか、彼は小説家なのか、と思ったら色々と納得がいった。
在宅ワーカーだし、ちらっと見た仕事部屋は大きな本棚にぎっしり入った本達とパソコンだけだったし、忙しい時とそうでない時の差が激しいし。

何で小説家なんていう想像がつかなかったというと、彼の見た目だった。
ブリーチをしたという派手な髪色のせいで、まさかそんな大人しい職業だとは思わなかったのだ。

どうして教えてくれなかったんだろう、と一瞬ちくりと胸が痛む。でも彼の事だからきっと私が聞かなかったからと言ってきそう。

ていうかこんな後世にも残るベストセラーを生み出せるなんて、彼はすごい人だ。途端に誇らしさに変わる。

私は否応なしにその短編小説を買った。
一体あの人はどんな物語を描くんだろうとワクワクしながら。

結局今日の料理はパパッと作れてしまうものにした。何故なら早く彼に色々聞きたかったし、これを読みたいからだ。

あまりにも待ち切れなくて、SNSで彼の名前を検索して一体どんな評価を受けているのかちょっとだけ確認しようとタップした。

私はまた自分の浮かれっぷりを自覚した。
”林田 空”の後に、”落ちぶれた”、“オワコン”などの文字が並んでいたのだ。