よくあるパターン

頭を上げたあと、少しの沈黙が流れた。
遥香は気まずさから視線を下に落としている。食堂の大将が固唾を飲んで見守ってくれているのが分かるが、今はそちらにも視線を向けることも出来ない。

その時、

「あの、」

上から降ってきた言葉に視線をあげる。

「それは、つまり、俺がタイプじゃないとか、恋愛対象に見れないとか、そういう事ではないってことですか?」

「えっ?そ、そうだね。でもそれ以前に年齢とか色々問題があるし!それに単純に私はやめといた方が良いよ?ほんと何の取り柄もないし、面白味もないし、付き合っても後悔すると思っ」

「そんなことありません!」

水野君が突然食い気味に言葉を遮った。

「年齢とか仕事とかそんなの全然関係ないっす!俺は例えあなたが年上だろうが年下だろうが、食堂の店員だろうがカレー屋の店員だろうが好きになってました!」

気持ちが溢れてしまったのか、水野君は拳を顔の高さまで上げて、さながら演説するように語り初めた。

「いつも一人で店のホール回しててすげぇと思うし、毎日笑顔で頑張ってるのも…。
俺が客だから笑顔で接してくれてるのは百も承知です。友達にも言われました。
でも、好きになっちゃっいました!名前も分かんないけど、好きになっちゃったんです‼」

はぁ、とようやく息を吸い込んだらしい。顔を真っ赤にして訴えかける彼から目が逸らせない。

「すみません、でかい声出して…。でも、本当にそう思ってます。俺と付き合う気持ちがないなら潔く諦めます。ただ、年の差とか自分なんてとか、そういう理由なら心配しないで下さい」

そう言うと水野君はジーンズで手のひらを擦ってから、それを遥香に差し出した。

「こんなガキですみませんけど…。俺と、友達から始めて貰えませんか?」

真っ直ぐすぎる視線に頭がくらくらする。こんなドラマみたいなシーンが自分の人生に訪れるなんて想像もしていなかった。
知り合って間もない男の子相手に瞬時に恋に落ちてしまうと言うことも。

「……はい。私…藤咲遥香で良ければ、お願いします。水野貴明君」

水野君の手を握り返して答えた。
その時の遥香の笑顔はいつもの店員の笑顔とは少し違う、一人の恋する乙女の笑顔だった。


fin


(このあと、水野君の喜びの雄叫びが向かいの八百屋にまで響き渡ってしまうのだが、それはまた別のお話…)