羊と虎


「あの、今日、仕事が終わってから時間をとって頂けますか?」

凱に慣れているお陰で、体格の良い本田の威圧感のある雰囲気も気にならなくなったが、始めの頃はかなりビビッていた事を思い出す。

「今話せないのか?」

不思議そうな顔をして聞き返す本田は、凱よりも表情が読みやすかった。

「プライベートな事なので、ここではちょっと・・・」

美優の名前を出そうかと思ったが、誰かに聞かれても困るので、言葉を濁す。

「19時以降なら大丈夫だ」

スマホで今日の予定を確認してから本田がそう答える。

「ありがとうございます。じゃぁ、19時に喜翔でお待ちしてます」

用件を言った後、ペコリとお辞儀をしてから踵を返してその場を立ち去る。



『よかったぁ。これで美優ちゃんの件何とかなるかも』

にまにましながら席に戻ると、訝しそうに鈴木が見てきたが、今の杏奈には全く気にならなかった。

心配事が無くなり、仕事に集中できる事が本当に嬉しくて、高速でキーボードを叩いていく。

その姿を鈴木は更に不思議そうに見つめていた。