残った荷物を詰め込んで出ようとすると、黒板側の入り口では立ち話する人がいた。他の教室に入ってはいけないなんてルールはないんだから入って話すればいいのに。


通る人がいれば退けばいいと思っているのかもしれないけど、なんでここの教室の生徒であり、普通に通るだけのこっちが一声かけなければいけないのか。
やらないけど、もしも今の感情を表に出すなら、唇を尖らせ、鼻を鳴らしていた。
仕方なく後ろの方を使うことになった。


これまた立ち話する人が多い廊下を抜ける。駆け降りたいのを我慢して人を避けながら階段を降りた。


階段を降りて数歩のところで、何となく職員室の前に目を向けた。
職員室の前には、前で手を組みながら入れるのを待つ大和さんがいた。


多少アレンジはしていても同じ制服の生徒が並ぶ中、形が全く違う私服を着る大和さんは嫌でも視線を集めてしまう。
それを気にしているのか、顔はよそを向きながら目だけはじろじろ見てくる生徒を向き、たまに視線が合うと気まずそうによそを向く。


待ってる間も暇だろうし、せっかく会えたんだ。話しかけてみよう。それに暖房のおこぼれがもらえるかもしれない。


体を斜めにしながら人の間を通らせてもらい、大和さんに声をかけた。


「浅野さん……」


「この前はありがとう。笑いすぎて帰りは顔が痛くなって……あっそうだ、よかったら、連絡先交換してもいい?」


「うん!ちょっと待ってな……」


コートのポケットからスマホを取り出した。
画面を操作した後、利き手に持ったのを確認し、お互いスマホを振った。
画面を確認してリクエストを送ると登録できた。


早速トーク画面に移動し、好きなゲームのスタンプの中から、ありがとうを選ぶ。
スタンプを送ると、大和さんからもスタンプが返ってきた。


今日も担任に用事?
近くにいるから普通に話せばいいんだけど、スタンプが並んだだけであとはデフォルトの背景が続く画面に、何かメッセージを残したかった。


うん 実は自主勉強の日があるでしょ。その日に行くから色々話すことがあって……


大和さんからそうメッセージがきて、そういえばそんな日があったな……と思い返す。
自主勉強の日は、決められた時間に教室が開く。先生もいるから、次の学年に不安が残る生徒が勉強しに行くんだ。


やれと言われていない勉強はやらないので、その日は思い切り普通の春休みにするつもりだった。


浅野さんは来る?


そう聞かれ、私はいかない、と即答できなかった。
数学の二が心に引っかかっていた。そしてあの恐ろしい感覚が引っ張り出されそうになる。


それをかき消すように、素早く文字を打ち込んだ。


行くよ 実は数学がちょっとやばくて……


最後に青ざめた顔の絵文字を付け足して送った。
ちらりと職員室の入り口を見ると、何人かまとめて出ていった。


私の様子を見て行けそうだという雰囲気を感じ取ったのか、ポケットの中に戻して手を振った。


職員室の中に消えていく大和さんを見送ったあと、トーク画面から出た。