下駄箱があるからか、下には靴が一つも並べられていない。
やっぱり一人暮らし?


空の玄関にブーツを揃え、安芸津さんについていく。
いくら一人暮らしだからといって、簡単に人を上げるものなのかな……。


少し広めで、真ん中にちゃぶ台が置かれた部屋に入る。おそらく居間だ。
紺色の座布団に座るのを促され、雰囲気的にそうしなくちゃいけないのかな、と苦手な正座をしてみる。


「なんかまたお邪魔してしまって……すみません」


落ち着かなくて、太ももの上で指をごちゃごちゃ動かしていた。


「勝手に降ってきたのだから仕方ない。そんなにかしこまらなくてもいい。……足、崩した方が楽だぞ」


長時間正座できないのって顔に表れるのだろうか。崩していいなら思い切り崩すのが私だ。


「昨日種を蒔いて、出るわけがないのに様子を見たくなったんだ。今度はちゃんと目が出るように……と、時を忘れて考えていた」


なんでこんな冬に……という疑問が解決した。
その気持ち、わかるかもしれない。明日出てくるかも、を繰り返すんだ。


「気になりますよね。日当たりのいいところに置いて、水や肥料をあげれば袋に書かれているより早く出るかもって……」


安芸津さんが頷いて聞いてくれるのを見て、変なことを言っても黙ってくれるんじゃ、と思ってしまった。


「私が聞こうとする前に教えてくれたり……なんか、私が思ったことを読まれているみたいです」


こんなこと言われたら返事に困るかもしれない。けど黙って聞いてくれると思った。


「ああ、読めるからな」


普通のやり取りの中に消えていきそうな、さらっとした言い方だった。
けどそれが冗談で言っているようには感じなくて、私の耳に引っかかった。


「読めるんですか?」


「その人が望んでいることが頭の中に流れ込んでくる。早く帰りたいと思っていたり、その話やめにしてほしいというのがなんとなくわかるんだ」


真顔で、なんてことない出来事を話すかのように説明する。


「あの、私が話を聞いてほしいと思っていたのも……」


「もちろんわかっていた」


あの対応が自然なものでないのがわかった途端恥ずかしくなってきた。話聞いてほしい構ってちゃんと思われる!


「わからないようにすることはできるんですか?」


「相手に触れず、両目を閉じ、声も聞こえないようにすればわからなくなる。つまり人をシャットアウトするんだが……まあ無理だな」


「上限ってありますか?何人以上で来られるとわからないとか……」


「うーん、はっきりとした上限はないな。自分が今会話に加わっている、と認識している人や、知りたいと思った人のことはほとんどわかる。大人数になっても考えていることが共通していたらまとまった形で伝わってくる」


「生まれた時からそうだったんですか?」


「いや、高校生になったころからだ。それ以前は人が思っていることを理解できなくて、頓珍漢な返答をすることが多かった。今もたまにやってしまうらしいが……」


質問攻めにした後で頭の中を整理する。
なんか自分の意識が向いている人のことがわかる。中学生のころ突然発現?


恥ずかしさが邪魔して上手くまとまらない。


「気にしなくていいぞ。学校の備品壊したから、謝りに行く時道連れにしよう……等ひどいのを経験してきたから……」


安芸津さんは私の恥ずかしさを笑い飛ばした。私以上にアレなのがあってよかった……のかな?


「あっ、そうだ。この前は助けてくださりありがとうございます」


もう会えないかもしれないと思い、小さくてもいいからお礼の物を渡したかった。


「黒豆のロールケーキ?わざわざありがとう」


目を細めて、プラスチックのケースの中身を見る。部屋を出て、多分冷蔵庫の中に入れるんだろうな……と思った。


ぬるくなったお茶を喉に流し込み、頬杖をついた。
普通なら冗談でしょと笑うところだけど、嘘とは思えなかった。納得がいく、なんて思ってしまう。