家のドアの前でびしょ濡れの裾を絞り、水たまりを作った。
靴も浸水し、走るときに重石になって、体力を奪っていった。


何を言われるだろうかと思いながら、滑りそうな手に力を込めて、ドアの取っ手を引いた。


「ただいまー」


「おかえりー」


お父さんはそう返し、ゆっくり足を摺るようにしてここまできた。


「しい、傘忘れた?濡れねずみみたいになっちゃって……」


確かに濡れねずみだ。途方に暮れ、腕を力なくぶら下げて立っていた。
お父さんは素早くタオルを持ってきて、一枚私に手渡す。


ガサガサ拭いていると、お父さんが髪を拭いてくれた。真っ黒で鋭くなった毛先をポンポンと挟むように優しく拭く。
小さい頃夏に水遊びをしたときもそうだったな、と思い出す。


大分水分が取れたところで、床に敷かれたタオルでねじるように足の裏を拭いた。
シャワーを浴びて体温を取り戻したところで、お父さんがおつかれと声をかけてくれた。


お父さんの前で疲れるようなことは何もしてないけど。
それでも心に沁みた。


久しぶりにお父さんの隣に座る。
クッションに沈み、適当にテレビを観る。


「しい、最近なんかあった?」


ギクッとして、頬杖が崩れそうになる。


「……怒らない?お母さんに言わない?」


肘置きにぎゅっと身を寄せ、念を押して聞く。


「言わないし怒らないよ」


お父さんの優しさに私は警戒を解き、一息ついてから話す。
マラソン大会で倒れて助けてもらったところから、大事な友達ができたこと。そして学校で友達が嫌なことを言われ、なんとかしようとついていった人に何も考えていないと言われたこと。


そして、初めて失恋したこと。


自分の中で蓋をするはずだった出来事を解き放ったら、堰を切ったように涙も溢れてきた。


役目を果たしたんだから泣くことなんてない。
そう言い聞かせてももう遅かった。これから私はもっと辛いことに立ち向かう人間なんだ。失恋ごときで泣いていられないのに。
泣きじゃくり上下させる肩は、我ながらとても頼りないものに感じた。


そんな私にお父さんは黙ってティッシュを渡してくれた。
落ち着くまでそばにいてくれた。


聞いてくれる人はこんな近くにいたんだ。
お母さんの趣味で木を多く使った家。吊り下げられながらぼんやりと照らす照明。


探し求めていた答えは特別などこかじゃなくて、住み慣れた家にあった。