私の不安をあなたが一番知っている

あれから特に予定もなく、ぼんやりと過ごしながら四月に入ろうとしていた。
家にずっとこもるのもよくないし、ちょっと散歩に行くか。固くなった体をポキポキ崩して腰を上げた。


まだまだ肌寒いけど、少し柔らかい日が差し込むようになった。
突き刺すように寒かった風も心なしか柔らかくなった気がする。


駅とは反対の方向に歩いていき、広い公園に入った。地面は青い草に覆われ、小鳥が飛び跳ねる。


最近つくしを見なくなったなあと思いながら眺めていると、真剣な表情でスマホに打ち込む人がいた。


何をしているんだろう?友達と話してるの?時々指を止めて考え込むところを見て、メッセージでそこまで悩むくらい大切な用事かなと想像する。


すると頭を抱えたまま動かなくなった。
しばらくそのままの体勢でいて心配になった。


その人が座っているベンチに駆け寄っても動かない。
大丈夫ですかと声をかけようとしたところ、膝にのせていたスマホが落ちた。
間一髪のところで手を伸ばして掬い上げると、その人はやっと顔を上げる。


直後、私は画面に表示されている文字に釘付けになった。


「あら、落としてた!?危なかったわー。ありがとう」


「いえいえ……あの、もしかして敷島 伶菜さんですか?」


表示されていたのは、私が更新を追いかけている作品の編集画面だった。
目の前の人はスマホを受け取ると、そうです、私が敷島 伶菜ですと言った。


「あっあの、私伶菜さんのファンで……更新楽しみにしています!」


一生会わないと思っていた憧れの人がこんな近くに……!感動を抑えきれずに、重ねた両手で胸を押さえると言葉が飛び出る。


「やだ……そんな。ありがとうございます!読者さんに実際に会えるなんて思いもよらなかったわ。ここに来てよかった」


頬を赤く染めて、私の顔をしっかり見ながらスマホをベンチに置いた。


「サイトでのお名前は?」


「浅漬けです!」


「浅漬けさん?もしかしてこの前の作品に感想をくださった……」


「そうです!」


喜びのあまり、唇は真ん中から避けそうなくらいギリギリまで横に広がる。


「この前はありがとうございます。お気に入りの作品だったので、感想をいただいてから嬉しくて……おかげで更新頑張ろうと思えました」


気持ちが高ぶりすぎて言葉を失い、黙り込んだ。
更新を頑張る気持ちの素になれたんだ。私なんかのコメントが。高揚していた気分が落ち着き、徐々に沁みていく喜びに変化する。


「まともな文法もわからない人の感想なんて、読みづらくて迷惑かなと思ってました。けど、よく考えて書いた甲斐がありました!」


伶菜さんは優しく目を細め、そしてゆっくりと口を開く。


「一言、面白かった、だけでも嬉しいのです。まず自分の作品を読んでくださったことが嬉しいし、言葉を綴る作家として、一言にも様々な思いを込めているということはわかりますから。だから自分が頑張って書いた言葉に自信を持っていただけたら……と思います」


丁寧に言葉を紡ぎ、そして穏やかな声で私の心に入り込んでくる。
私、本当は色々言いたいけど、うまく伝えられなくて、そんなごちゃごちゃした気持ちをまとめておもしろいと言っていた。そのことをわかってくれていた。


「さて、いいアイデアが浮かびました!」


「あっ、更新中お邪魔しました」


「いえいえ、あなたのおかげで進みそうです」


邪魔にならないよう去り、最初は歩いていたけど足が落ち着かなくなる。
私の言葉は無意味、という呪縛から解き放たれ、家まで駆ける足は軽かった。