私の不安をあなたが一番知っている

想像を絶する過去に心が落ち着かなくなる。


過去の安芸津さんは今のように落ち着いて人の話を聞くような人じゃなかった。


もしも会う時代が違えば、きっと安芸津さんのことを嫌っていた。
好きと嫌いが混ざって不快になり、どの感情に従えばいいのかわからなくなる。


「今生徒会はどうなっている?」


「えっと……そこまで活動が表に出ないというか……縁の下の力持ちってて感じです。あと立候補する人が少なくて信任投票になってます」


中学でもそんな感じだから、白熱する選挙運動というものを見たことがない。
そして、昔進学クラスがあったなんて話は一言も聞いていない。


「本当に、あったんですか?進学クラスの話なんて一つも聞いたことがありません」


「ああ。先生は隠したがっているが、根気強く調べたら出てくるはずだ」


紛れも無い事実なんだ。
私は帰ると告げて、寒い外に出る。


来る前よりどっと疲れた。
頭はまとまらず、ふらふらの足で坂道を下る。


また勝手なイメージを作って、勝手に裏切られた。
話を聞いて一番嫌いになったのは、話の登場人物ではなく、自分だった。


安芸津さんのことは好き。でも過去を聞けば嫌いになる程度。それって本当に好きって言えるの?
自分に問いかけると、安芸津さんのことを好きでいたい自分は、それでも好きと答える。
優しく話を聞いてくれたときの気持ちに嘘はない。本当に幸せだった。


反対に安芸津さんの過去を認めない私は、過去にあんなことをしていた人とは合わない、同じことを繰り返すかもしれないと強く訴える。
話を聞かなくても、このまま一緒にいればどこかで嫌いになっていた。


私は辛くなって、過去を認めない私をうるさいと突っぱねた。
それでもそう思っている自分がどこかにいることを無視できない。そうなると、盲信して好きだと思う自分も嫌いになる。


もしも嫌いになれば心の支えを失うから好きでいたい。
けど、過去を忘れて好きでいるのは、本当に何も考えない人間になってしまうような気がする。


そして私は、自分が矛盾だらけだったことに気付く。
陰口を嫌いながら、先生がいないところで教え方の文句を言ったりしていた。
今も好きでいたいけど好きになれない、なんて訳のわからないことを言っている。
今まで矛盾しながら生きていたんだ。そう思うと、自分がなんなのかわからなくなってきた。


あの人の言う通り、何も考えていないから矛盾なんかを生み出すのかもしれない。


安芸津さんの家に来て心が重くなったのは、初めてだった。