by宇佐美 優那

病室の前で、カバンを持ち直した。

ちょうどその時、部屋の中から、「嫌ーっ!、」と、とても大きな声がした。びっくりした。病室の扉を開けて良いものか、開けない方が良いのか、躊躇していたら、助産師さんが、私の脇をすり抜けて部屋に駆け込んで行った。。
声の主はひとみさんで、ひとみさんは興奮状態だった。扉の隙間から、助産師さんに抱き締められているのが見えた。

前嶋さんが、こちらにやって来た。
「ちょっと、今立て込んでるから、後で、落ち着いたら電話するように伝えるよ。」と、前嶋さんは言った。
前嶋さんは、後ろ手に部屋の戸を閉めて、廊下に出た。
「ひとみのことなんだけど、左手に、麻痺が出たんだ。お腹の赤ちゃん優先って本人が話してて、あまりきつい薬も使えないらしい。気がつくのも遅れたから、治るものなのか、治らないものなのかも分からない状態だって。」

何か、様子がおかしいとは思っていた。麻痺って、どういう状況かは分からないけれど、思った以上に悪いのかもしれない。。

「痛いんですか?」
「麻痺だから、、、動かないだけじゃなくて、触った感触も無いらしい。。」
「何で叫んでたの??」
「さっきまで落ち着いてたんだけど、ご飯を食べようとしたら、うまく食器が持てなかったんだ。ちょっとショックを受けて、癇癪起こしやすくなってる。」

くまさんが知ったら、どれだけショックを受けるだろう。私は、涙が出そうになった。
「付き添いがあなたで大丈夫なんですか??」
と、私は聞いた。前嶋さんを、睨み付けていたかもしれない。
私だって、頭では分かっていた。前嶋さんは、ひとみさんに無理強いしたんじゃない。ひとみさんは、多分、この人のことが好きで体を許したんだ。
「分からないよ。けど、、今のところは、帰れとは言われてない。だから、、俺も諦めるつもりはない。」
前嶋さんは、荷物を指差した。
「それ、わたしとくよ。」
私は、躊躇した。
「ひとみのこと、俺には分からないことがあるのも認める。でも、俺しか知らないこともあるんだ。あいつは、女手1つで、本当によくやったと思わない??」
前嶋さんは、荷物をわたすように、と、こちらに手をのばした。
ちょっと迷ったけど、前嶋さんが荷物を手にすることに、抵抗はしなかった。
「良いお母さんなんだろ。義明が小さい頃から、よく自慢話聞かされてた。職場復帰も、目処がたたなくなったし、今は、助けを求めてくれるなら、何でも、どんなことでもしてやりたいんだよ。」と、前嶋さんは、言った。
扉の向こうは、今は、静まり返っている。

片手が麻痺したら、少なくとも、ピアノはひけない。店でできる仕事といっても、今までより更に制約が出てきてしまう。

前嶋さんが、扉に手をかけて、それから、すぐには開かずに、一呼吸置いたことに気がついた。
この扉を開く度に、この人だって緊張してるんだ。。