by 熊谷 義明

日がな一日書類の作成に終われた後、中野先生がおごると言うので、前嶋さんの店に3人で流れた。

「前祝い」と、中野先生は言った。
ゼロ一つ多くても、研究者にとっては、それはどうでもいい。医療機器の最先端の研究に投資する人たちも、コストダウンを待ってはいない。お金はかかっても、それで早くてにはいるなら、必要なのだ。。
俺たち3人が店につくと、前嶋さんが直々に飲み物とおしぼりを持ってきた。
「おい、お前、未成年の癖に調子にのってんじゃないよ」と、前嶋さんは言った。前嶋さんは、周りには分からないように、かなり機嫌が悪かった。今まで、こんな風に俺に言ったことはない。影では好き放題言うけど、店の客の前では、俺をたててくれていた。
「前嶋さん、紹介しますよ。この人は中野先生。この人、人気者なんですよ。俺もファンなんです。若く見えるけど、実は成人してるから大丈夫です。」と、俺は言った。
前嶋さんは、飲み物の注文をとった。

俺は、実は、前嶋さんにも用事があった。ひとみが産休とることになってから、俺もしばらくここには来ていなかった。
だから、中野先生と時田さんがケンケンガクガクやってる間に、前嶋さんが裏に引っ込んだのについて行った。

後ろ手に、しっかりと扉を閉めた後、俺は、前嶋さんの背中に声をかけた。
「前嶋さん、まだひとみのことほったらかしてんですか?」
前嶋さんは、振り返った。
「うるさいわ。」

「ガキが生意気な口きくなよ。お前が俺のこと「お父さん」って呼ぶ姿が想像できないらしいわ。」彼は吐き捨てるように言った。

「何じゃそれ。ひとみのやつ、やることやって、そんなん言い訳にならないでしょ。」
ひとみのやつ、俺を言い訳にしたんだ。。

「あの、、無理やりだったんですか??」

「違うわっ!!」と、前嶋さんは俺を睨みつけた。
「でも、ひとみに家族がいるの分かってて、手だしたんでしょ。家族の迷惑も考えて下さいよ。責任とってもらえるなら、俺、前嶋さんのこと、お父さんとでも、パパとでもダッデイーとでも何でも呼びますよ。うまく丸め込んで下さいよ。」

ガキガキって、前嶋さんとひとみがやってることの方が、よっぽどガキだ。23すぎたらとか言ってたけど、23とかそういう問題より、わきまえろってんだ。

でも、これでちょっと分かった。
俺は、多分、ひとみの方に確認すべきだったのだ。

ちゃんとするつもりで付き合ってるのか??ってこと。

「お前、俺の息子になってもいいのか?」と、前嶋さんは、まっすぐ俺の顔を見て聞いた。
「俺の親父は一人ですよ。でも、前嶋さんは良い男だと思ってるし、尊敬もしてる。呼べと言うなら、パパとでも何とでも呼びますよ。」と、俺は言った。

「そっか。何もしなくていい。」前嶋さんは、ため息をついた。

「本命とか結婚とかは難しいんだよ。俺は、良い男じゃない。今は、オモチャ取り上げられたガキみたいな自分を静めるのに必死だ。。お前の親父ってキャラじゃないよな。」
前嶋さんは、強く強く拳を握った。

俺は、俺が思ってることを、ちゃんと言っとこうと思った。
「俺は、ひとみがぐちゃぐちゃ言っても、前嶋さんは前嶋さんのままで良いと思う。逆に、前嶋さんには、親父が生きてても、絶対に相談しないこと、相談してる気がする。」
前嶋さんは、俺と同じで若造かもしれない。でも、若造は若造なりに真面目にやってる。それをバカにして良いわけがない。

前嶋さんは、しばらく、しばらく黙っていたが、俺の肩を叩いた。
「俺は諦めた訳じゃないから。お前が俺の息子になる覚悟があるなら、今はひとみのこと頼むよ。お前が何とかしてやってくれ。必要なことがあれば何でもするし、金だっていくらでも出す。でも、今は動く時じゃないし、俺も落ち着かないと、。うまくいくものもうまくいかない。。」
ここのところ、何やってもかっこつかないんだよ。と、前嶋さんは笑った。部屋がタバコ臭かった。
「とりあえず、諦めてないなら、タバコはやめてください。」と、俺は言った。

防犯カメラに、時田さんと中野先生が映っていた。二人は、かなりできあがっていた。
俺が前嶋さんの店に来るのは、未成年には未成年用の飲み物があるし、ひとみがいたから俺のアレルギーにも対応してくれるからだ。店が手を回してくれるから、未成年だと念押ししたり、水をさしたりせずに大人に盛り上がってもらえる。
「産休空けたら、俺がうまいこと言って、店に来させますよ。うまくやってください」と、俺は言った。
「了解」と、前嶋さんは言った。