by 時田 総一郎

宇佐美さんが、前嶋さんを連れて戻って来た。
「時田さん、この人も、文集に寄稿してくれたんだよ。興味あるかと思って。」
「時ちゃんは、俺のこと知ってるよ。宇佐ちゃん。俺、何人かバックヤードに入れる付き合いがあるけど、時ちゃんも俺んとこの関連業者だ。」
「こんにちは。」と、俺は挨拶をした。
「今日は、たまたま、本当に偶然店にいたんだよ。店はもう引退してるし、いつもは息子がやってるんだけどさ。もうすぐ、孫が産まれるってんで、息子がてんやわんやしてんの。」
「そりゃ、おめでたい。」と、宇佐美さんが言った。
「そうでもなくてさ、赤ん坊できたけど彼女がへそまげちゃって、大変なのよ。」
「そりゃ、大変だ。」
「それで、くまさんが何だって??」
「追悼文集の、山本さんの論文について知りたいんだそうだ。」宇佐美さんは、文集の該当ページを前嶋さんに見せた。
「どれどれ。。」と、前嶋さんは覗き込む。
「この人も、研究に関わったことがある人ですか?」た、山本さんが尋ねた。
「そんなわけないよ。俺は、飲み屋の親父だよ。」と、前嶋さんは言った。
「この、菱川さんの事は知ってる。」
「菱川さんのこと?」俺は聞き返す。
「俺は、飲み屋の親父だからさ。くまさんのお客さんの顔は全部覚えてる。論文ができる度にうちで打ち上げやってたからな。くまさんの論文に名前が出てきた人はみんな知ってる。食べ物の好みも、体調も。まあ、話せることと話せないこととあるけどな。他で調べても分かる程度の事は話せる。時ちゃんの頼みならな。」
前嶋さんは、言った。
「ありがとうございます。菱川さんというのは、やっぱり、あの私立大学にお勤めの菱川さんですか。。」俺は、尋ねる。
「中野さんのお師匠さんだよ。」と、前嶋さんは、言った。
「そうだよね。。ちょっと話は飛びますが、俺、中野さんと結婚前提でお付き合いしてるんです。」
「時ちゃん、そりゃ、すごいや。」
「彼女、子どもがほしいみたいなんです。俺も、母親に、孫の顔が見たいって、せかされ続けてきたから。」
「そりゃ、時ちゃん、彼女大事にしなくちゃね。男は女に苦労してもらわなきゃ親にはなれないからね。一生頭上がらないね。」
前嶋さんは言った。