「え、と・・・、」

ピンク色で、形のいい唇を微かに動かして、おずおずと話し始めた転入生。

「ひ、日比谷高校から、き、ました・・・。
中山、里穂、です・・・。
あと少ししか時間はないですが、
よ、よろしく、お願いします・・・。」

よろしく〜!

と、男子が声を揃える。

そしてまた女子が冷めた視線を送る。

それに気づかない男子は、

つくづく鈍い(馬鹿)だと思う。

「おし、じゃあ席は・・・。」

担任が口を開いた瞬間、

俺は自分の存在を消した。

いや、もともと自分の存在を主張したりは死んでもしないけれど、

いつもより息を殺し、

どうかこっちを向くな、と願った。

何故かって?

そんなの理由は一つしかない。

せっかく奇跡的に1人席になったんだ。

今の俺には絶好の場所だ。

それを・・・、

突然やってきた女子なんかに、

この僅かな平穏を脅かされるわけにはいかない。(必死)

無駄な悪足掻きだとは分かっている。

が、これを足掻かずにいられるか。

咄嗟に目を逸らした。

・・・が、

途端

目が合った。

担任と。

それはもう バッチリ。

やばい・・・、

と思った時にはもう遅かった。

「佐倉の隣が空いてんな。」

・・・。

・・・・・・。

終わった。

久々に聞いた。

ガラガラと、

自分の居場所が、

平穏が、

壊れていく音を。

「おい佐倉。
どした、
その死んだ魚のような目は!
大丈夫か?!」

『大丈夫じゃない。』

この声は誰にも聞こえはしない。

流石に名前しか知らない人に対して、

そこまで失礼なことはしない。

一応マナーというものがある。

「佐倉。
聞ーてんのか。
隣、いいだろ?」

「センセー、
んなこと聞いてっけど、
どうせ押しきんだろ?」

「ばれたか。」

クラスはとても盛り上がっている。

・・・が、

俺はとてもじゃないけど、

そのノリについていけない。

今すぐ逃げ出したい。

時間を巻き戻したい。

というか、夢であってほしい。

・・・なんて、

そんなのありえないのに。

自分でもちゃんと分かっている。

夢であってほしいと願ったところで、

結局は、現実を見なければいけないことを。

今まで、何度も思い知った。

だから、

例えどうしようもないことでも、

くだらないことでも、

もう、受け入れる。

「佐倉〜。

お前耳無かったっけ?

返事しろー。」



「・・・分かりました。

いいですよ。」

そう言うしか、無かったんだ。