珈琲プリンスと苦い恋の始まり

「ああ、それは多分愛花ちゃんのお母さんだと思うよ。川並さんが亡くなってから、家や土地をどう処分すればいいかと悩んでたそうだからね」


そのままにしていると、家はいずれ朽ち果ててしまう。

古い家でも売れるものならば売却してしまい、娘の学費にしたいから…と自治会長さんに話していたそうだ。


「愛花ちゃんのお父さんが亡くなってから暫くの間、あの子を川並さんが育てていたからね」


山本さんは、そうなった経緯を知る範囲で教えてくれた。
彼女が自分の息子や娘と変わらない年齢で、同じ学校にも通っていたと話した。


「川並さんが亡くなってからは、お母さん夫婦が愛花ちゃんを育てることになったんだよ。だから、この家には誰も住まなくなった。
不動産屋さんの買取が決まってからは、敷地内には誰も入れないように紐が渡されてしまったし、それでも毎年、桜だけは咲いてたけどね」


そう言い流す山本さんの視線が庭へ向く。
俺はその目線を辿って外を見つめ、「桜の木は何処にあったんですか?」と訊ねた。


「丁度この引き戸を出て右側の辺りだよ。庭の端っこに植えてあって、毎年見事な桜が咲いてたんだよね」