「あ、あの…ごめんなさい。その…迷惑をおかけしまして。」

「本当だよ」


俺がコートを脱いでネクタイ緩めたのを見守りながら、ローテーブルにコトンとコップを置いた。


「わ、私帰るね。」


…冗談は居酒屋だけにして欲しい。

折角会えたのに帰すわけないじゃん、今更。

少しおぼつかない足取りでふらふらと玄関に向かう真理さんの腕を捕らえたらその身体がビクリと少し揺れる。

「そんな酔ってたら危ないから。泊まってけばいいでしょ?」
「い、いいよ…あの。渋谷はゆっくり休んで?仕事で疲れてるんだから。」

あんだけ酔っぱらって絡んどいて、どの口がそれ言うか。


なんて思いつつ、あー…だめだ。
おっちゃんに言われた事思い出したら、にやけるわ。


顔を見られなくて、乱暴に自分の腕ん中に真理さんを閉じ込めた。


「どうやって帰えんの?言っとくけどそんな千鳥足じゃ駅まで辿り着けないよ?」

「タクシー…」

「そんなうつろで呼べんの?」

「…ヒッチハイク」

「こんな酒臭い人を乗せてくれる人はいません。」

「……。」


久しぶりの真理さんの体温にこれでもかって位癒される。



ほんと…好き。



「例え乗れたとしてもさ…それ、絶対下心あるよ?酔っぱらい乗せるんだから。
どうすんの?変なトコ連れていかれたら。」

「だ、大丈夫だよ…私だし。」

「真理さんだから心配なんだよ。」


少し身体を離して覗き込んだ顔は、久々に見たへの字の口に潤んだ瞳。


キスしたくなるんだって、その顔。


塞いだ真理さんの口からアルコールの匂いが充満してきて、こっちまでクラクラして来る。


柔らかい唇がどうしようもなく欲を駆り立てて、うなじに手をあてると、何度も何度も深いキスを落とした。


その最中、ずっと頭ん中でリピートされている、おっちゃんの耳打ち。


『真理ちゃん、ずっと“渋谷に会いたいんだ…でも、忙しいから”って泣きながら笑ってたんだよ。俺が連絡くらいしたらいいじゃんって言ったら困った顔して、“それは出来ないよ”ってさ。』

…同職種って、相手の仕事の事を理解出来る分、こう言う時はマイナスなのかもしれない。


俺が連絡しないって事が、真理さんにはすんなり『連絡出来ない程忙しい』とイコールになったんだろうね。
だから、自分からも俺の邪魔しちゃいけないってメッセすら送らないでさ…。

暫くキスを堪能した後、抱きしめ直して真理さんの首筋に顔を埋めたら、恐る恐る俺の背中に腕が回って来た。

それだけで…凄い満たされる。

やっぱり、俺の中で真理さんて最強なんだなと改めて痛感した。


…真理さんががそう理解してるだろうなと言うのはわかってて、仕事に集中する為にそこに甘えてた所もあった。だって絶対『仕事が忙しいのに、私と連絡取ってる場合じゃないでしょ!』って説教されるパターンだと思ってたから。

仕事が一段落するまではってつい…ね。



「渋谷、ごめんね。忙しいのに迷惑を…。」

「本当だよ。何で2月14日に酔っぱらい回収しなきゃなんないんだよ。これね、よっぽどのチョコ貰わないと割に合わないよ?」

「えっ?!」


…これまた随分驚いたね。もしかして、忘れてた?

まあ、別にチョコが好きってわけでもないし、今日がバレンタインだから言ってみただけなんで、いいんだけどさ、無くても。


「あ、あの…その用意はしたんだけどね?渋谷、最近ずっと忙しかったし三課は2月14日を頂点に多忙になるから会えないと思って…た、食べちゃった、自分で。」

「……。」

「あ、で、でもね?おっちゃんもシゲさんもカツさんも、よく出来てる、美味しいって言ってたよ!『真理ちゃんが作ったとは驚きだねえ』って褒めてくれた」

「へえ…手作りだったんだ。しかも、他の野郎にそれ食わした。」

「え?!あ、あの…ほ、ほら、渋谷は甘いもの苦手だって言ってたでしょ?だ、だからそんなに重きをさ…」


俺にしがみつく様に顔を埋めてる真理さんは、俺の機嫌を損ねたと思って焦っているのが明白で、どうしようもなく頬が緩む。


まあ、真理さんの貴重な手作りを野郎に食べられたのは100歩譲って許してあげようかな。


「…ねえ、泣く程俺に会いたかったの?」

「え?!」

「おっちゃん情報だと、熱燗片手に、俺に会いたいって、さめざめと泣いてたって」

「さ、さめざめ?!」


いや、そこまで言われてないけどね。
まあ、多少の脚色は目を瞑ってください。