私にとって、企画三課での最後のコンペ。

優勝したのは、下馬評通り一課の鎌田樹率いるチームだった。

けれど、三課で出した企画は協賛していた何社かが注目し、最終的に『特別賞』を受賞して実現する事になった。











「いやー!良かった!優勝は逃したけど、結果オーライだったよな!」
「俺達、頑張ったもんな。」
「…誰かさんの企画は、全く注目されていなかったみたいだけど。まあ、書庫整理部に異動らしいし、清々するよなー。」

黙々と荷物を箱に詰めてる私に浴びせられる言葉。

「木元さん…。」

高橋が私に申し訳なさそうに近づいて来たのに穏やかな笑顔を送った。

「おめでとう、高橋。頑張ったね。」

今、気持ちが凄く晴れやかなのは間違いない。

もちろん、自分の企画が賞に入れなかったのは悔しいけれど、それ以上に、三課の企画がきちんと世に出る事が嬉しかった。

…やり方が正しかったかどうかはわからないけれど、私に考えついたのはあの方法だけだったから。


隣の席で、タブレットに目を落として素知らぬ顔をしている渋谷に目を向けた。


コンペがこう言う結果になったからには、私と渋谷が付き合う事は難しい。
今回のコンペで渋谷は更に注目を集めて、三課のメンバーからも信頼を得た。
片や、私は悪態をつきまくった、嫌なヤツ。

私と一緒に居たら、きっと渋谷の株は下がってこれからに支障を来すだろうから。

渋谷…ありがとう。
そしてごめんね。
結局最後まであなたを振り回してばかりだった。



書庫整理部に行くと、山田部長がドアを開けて出迎えてくれた。


「引っ越しお疲れさま。まさか君がここに来るとはね。」

「山田部長が引退なさるまでに一緒に机を並べるのが夢でした。」


隣のデスクに荷物の箱を置いたら、笑顔と共に差し出された一枚のメモ用紙。


「書庫整理部に来ても、企画の話で連絡はまだありそうだよ。」


そこには、渋谷と一緒に行ったあの水族館の名前と連絡先が達筆な字で記されていた。


私の企画『移動水族館』は、コンペ終了後に佐々木さんを通して渋谷と一緒に行った水族館に持ち込まれて。
一度は没になった企画だし私はもう企画課の人間ではないので、全て水族館におまかせする形ではあるけれど実現する事になった。

渋谷が連れて行ってくれた事で浮かんだこの企画。それがあの水族館で実現するなんてこんなに嬉しい事はない。

本当は脱がなければいけない渋谷から貰った靴に視線を落とし、ツンとした鼻を少し啜った。


渋谷…ずっと応援してるからね。


「それで?いつ頃結婚する?」


あっけらかんとした声色が突然降って来た。
驚いて顔を上げた先には小首を傾げて余裕の笑みを浮かべる顔。


「コンペが終わるまでは待つって言ったでしょ?終わったけど、コンペ。」


声も上げられずに躊躇していたら渋谷の後ろから人が数人現れた。


「渋谷と木元さん、結婚するんですか?!」
「そう言う事かよ…」
「おめでとうございますー!」


高橋に、白石に…ミヨちゃん?
その後からも、藤木や他の三課のメンバーが次々と部屋に入って来る。


「ここにこんなに人が来るなんて初めてだ!しかも、渋谷くんのプロポーズに立ち会えるとは縁起が良いな!」


嬉しそうな山田部長に渋谷が笑顔で答えてるこの状況。


「…渋谷?何事…」

「別に?木元真理子の人使いの荒さとお人好し加減にイライラしすぎて、ぜーんぶネタバレしてやっただけ。な?高橋?」

「そうっすよ!何が『高橋の手柄にしとけ』ですか!こんなの黙ってられませんよ!」


目の前に出されたのはいつか渋谷と高橋に渡した皆の事を書いた用紙。


「こんなに俺達の事ちゃんと見ていてくれてたなんて、全く気が付かなくて…。完全に嫌われて、見下されていると思ってたから。」


複雑そうに眉間に皺を寄せた白石の隣で渋谷がにこやかに笑う。


「普通はこれだけ分かっていたらもっと円滑に色々出来るはずなのにね。不器用すぎる。」

「確かに渋谷の言う通り…って、不服はいいんだよ。とにかく、俺達、木元さんの働きぶりはすげーなと思っていて…」


白石が真剣な眼差しを私に向けると他の人達も一斉にそれに習う。


「今まですみませんでした!そして、ありがとうございました!」


揃った声が書庫整理部に響き渡る。
山田部長がにこやかにその様子を見守る中、渋谷が面白そうに口元を隠して確かに呟いた。

「ザマーミロ。」