次の日から渋谷は今までが嘘だったんじゃないかと思える程、淡白な関わりしかして来なくなった。けれど仕事以外全く関わらないと言う事でもなく、時々おっちゃんのお店でシゲさん達と飲んでいる最中の写メが送られて来たりして、和ませてくれる。

その距離感が私に安心感を与えてくれて、コンペの事に集中出来た。



…こんな風に理解してくれる人、きっと他には居ない。


渋谷に感謝を抱きつつ、一ヶ月半後にコンペを迎える事になった、残暑の残る9月の終わり。

昼休み、書庫整理部に行って資料を読み込もうと思った矢先、亨に呼び止められた。

ミーティングルームに入ると、亨が「お疲れ」とコーヒーの入ったカップをテーブルの上にコトリと置く。


「…何?過去資料を読み込める貴重な昼休みなんですけど。」

「あ~悪い。ちょっと聞きたい事があって。」

どことなく歯切れの悪い亨は「まあ、飲んで」と自分もコーヒーを一口飲んでから、再び口を開いた。


「お前さ、三課の企画、何か耳に入って来てる?」

「さあ…最近、高橋がやたら私に話しかけたがってるのは知ってるけど、無視してる。」

「お前な…そこは、『何?』って歩み寄ってやれよ。」
「だって、それで高橋が私に何か言ったら、高橋が他の人に責められたりとかさ…ややこしくなるから。」

「あーまあ…」と苦笑いされて、私も「でしょ?」と小首を傾げる。

今になって戻った昔の距離感が懐かしく思えて、あそこまでこじれなければ元に戻れなかったのだろうかと、少しだけ自責の念を抱いた。


「…何。もしかして三課の企画、ヤバそうなの?」

「ああ…俺も白石からチラッと聞いただけだけどな?
企画自体は、今までより遥かに良いものだって思うんだ。発想がずば抜けてるっつーか…渋谷が入った事で、ここまで変わるんだって正直驚いた。」


賞賛の言葉とは裏腹に腕組みをして眉間に皺を寄せ、唸り出す亨。

「どうも、中身の詰めが全く出来てない状況みたいでさ。
渋谷と高橋はこのままじゃ『プレゼンに勝てない』と思ってるのは間違いないと思うんだよ、会話聞いてると。」

「あなたに話した白石は?」

「企画自体に心酔し過ぎてて、詰めとか出来るモチベーションじゃない。」

…チーム内の温度差ってやつか。

その辺、亨が居た時は完璧に調整してくれていたから、いくら私が一人で燃え上がっていても平気だったもんな…。


「確かに渋谷は優秀だし、本来、まとめる力も長けてるんだろうけど、来たばかりで三課の奴らの扱い方を知らなすぎるだろ?
高橋も話や事態をまとめる力はあるけど、表に出る事がいかんせん苦手だから、先輩である、白石や藤木に強くは言えないんだよな…。かといって、俺は口出し厳禁だし。」


そうだよね…あくまでも一般職の私達の中でこそ、社内コンペに意味があると言うのが、主催者である社長始め、上層部の考えで。

だからこその最大のルール。

“役職クラスが口出した時点で、その企画はボツ”



腕組みをしたまま、下唇を親指で擦りながら私の顔色を伺う様に見ている亨に目を細める。


「…それで?私に口を出せと」
「あー…や、まあ…」

まあ、ここに呼ばれてコンペの話しを出して来た時点で何となく予感はしていたけど。


「亨…最後のコンペだね。
辞表を出したんでしょ?部長から聞いた。」

「ああ…まあね。」

亨だってこの会社で長年働いて来たんだ。今回のこの行動が、自分の為のものではなく、三課の出す企画に魅せられてるからだって言うのはわかる。
それに、いくら一悶着あったとはいえ…それで私の中で亨に対する感謝が全て消えたわけではないから。私にだって反省点はあった訳だし。

同僚として最後は気持良く退職してもらいたいと言う気持ちはある。
そして何より、やっぱり良い企画はきちんと世に出て実現されるべきだとも思う。


私も亨に習って、腕組みをする。俯き様に息を吐いた。


「…少し考える。」

多分、亨は私の気持ちを見通したんだと思う。ポツリとそう答えた私に少し間を置いてから「…わかった。」と答えて、肩を軽く叩くとそのまま先にミーティングルームを後にした。


一人残され、再び息を吐き出し、椅子に身体を預けた。


目の前のコーヒーに手を伸ばしたら水面に輪が出来て、そこにシゲさん達と一緒に飲み交わしてご機嫌に笑う渋谷の顔が浮かぶ。


…いくら私が口出しをして良い方向に進んだとしても、望んでもいない横やりをグループの中心でやっている人が面白くないのは当然で。
相談をしたがっている高橋はともかく、そんな素振りを微塵も見せずにいた渋谷はきっと嫌な思いをするよね。



.