少し安堵の溜め息を吐き出す私に、田所さんが身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!本当に真田さんは私にそそのかされただけで。
じ、辞表を彼が出すなら私も出します!」
「優香!何言ってんだ!」
「だって…」
また始まった言い争いに「ゴホン!」と今度は私が咳払いで割って入った。
「田所さん、申し訳ないけど、あなたにはもう仕返しをしちゃっているから、おあいこなのよ。」
先ほどとは変わって、軽い声色になった私に、全員が「へ?」と目を見開き首を傾げる。
「この前のワークショップの時ね…あまりにもなんだかんだ言うからさ。ひっぱたいちゃったの、つい。」
隣で渋谷がクッっと面白そうに笑いをこらえ、絡められている指に少し力を入れた。
「だから、あなたは辞表なんて出す必要ない。
でも、もし今回の事を悔いているなら、あなたを好きで、信頼している人達を裏切るような卑劣な行為は今後絶対にやめてください。
そして出来たら、真田を支えてあげてください。」
「何て、私に言われたくないですよね」と苦笑いした私に唇をキュッと噛み締めて下を向く田所さん。
その目から、涙がポトリと零れ落ちた。
「…本当ですよ。あなたなんかより、よっぽど私は亨の事を想っています。」
…この二人もきっとまた、見守り、見守られ支え合って来たのかもしれない。
私の知らない、亨の悲しみや弱さを、田所さんは沢山見て来たんだろうな…。
いつか、田所さんと二人で笑ってお酒を飲み交わす、そんな日が来たらいいな…なんて不意に浮かんだ思考は、都合が良いかもしれないけれど。
亨と二人にしてあげようと、橘さんと渋谷と席を立って田所さんの横を通り過ぎる瞬間に「…すみませんでした。」と微かに聞こえたのは間違いない。
◇
イタリアンレストランを出て、三人で向かった大紀さんのバー。古びた木枠のドアを開けると、小さいカウベルの様なカランコロンと言う音がして、「いらっしゃいませ」とはにかむ大紀さんが迎えてくれた。
「いやー。名奉行の名裁き、見事だったなー。」
「や、やめてください…橘さん。」
大紀さんの立つ中央のカウンターチェアに腰を下ろす橘さんは恐縮する私に笑顔を向けながら、ご機嫌にバーボンロックを注文する。
「俺的にはもっとド派手にやっつけても良かったって思うけどね。遠山の金さんばりに。」
その隣に渋谷が腰を下ろした。
「恭介…お前さ。この布陣、どうなの?普通さ、女性が一人、男性二人だったら、女性を挟まない?俺、恭介、木元さんってさ…。」
「当然です。」
シレッとおしぼりで手を拭きながら前屈みで私と橘さんの視界を遮る渋谷。
「この前から警戒されてんなー俺!」
橘さんが楽しそうに少しのけぞると、渋谷も嬉しそうに反応してハハッと笑う。
「真理ちゃん、モテモテだね!」
…これがモテモテと言うのだろうか。単に二人のじゃれ合いのネタになっているのではなかろうか。
そんな疑問もあるけれど、「何飲む?」とにっこり笑う大紀さんに私もつられて笑顔になった。
大紀さんて、少しだけ雰囲気が佐々木さんと似ている気がする。優しくて、明るくて安心する、そんな空気を持っている。
「あ、じゃあこの前出した、智ちゃん考案のカクテルは?」
目を輝かせた大紀さんに、橘さんの笑顔が一瞬固まる。
「あれ、結構大変だったんだよね、作るの。『真理ちゃんをイメージして』とか言われてさ。だけど俺、その時はまだ真理ちゃんに会ってなかったから。」
「ほー…イメージ。」
「や、恭介、これには深い訳がさ…。だ、大紀…もういいから、作りに行けよ。」
「あー…もう。」と項垂れる橘さんを渋谷が楽しそうに笑っている。
本当に仲良しなんだな…。
少しその関係が羨ましく思えて、みっちゃんの事を思い出した。
最近会ってないな…お互い忙しいとすぐ連絡怠っちゃう。
渋谷の事も話したいし、近々一緒におっちゃんの所にでも飲みに行こうかな。
「ちょ、ちょっと待ってください!本当に真田さんは私にそそのかされただけで。
じ、辞表を彼が出すなら私も出します!」
「優香!何言ってんだ!」
「だって…」
また始まった言い争いに「ゴホン!」と今度は私が咳払いで割って入った。
「田所さん、申し訳ないけど、あなたにはもう仕返しをしちゃっているから、おあいこなのよ。」
先ほどとは変わって、軽い声色になった私に、全員が「へ?」と目を見開き首を傾げる。
「この前のワークショップの時ね…あまりにもなんだかんだ言うからさ。ひっぱたいちゃったの、つい。」
隣で渋谷がクッっと面白そうに笑いをこらえ、絡められている指に少し力を入れた。
「だから、あなたは辞表なんて出す必要ない。
でも、もし今回の事を悔いているなら、あなたを好きで、信頼している人達を裏切るような卑劣な行為は今後絶対にやめてください。
そして出来たら、真田を支えてあげてください。」
「何て、私に言われたくないですよね」と苦笑いした私に唇をキュッと噛み締めて下を向く田所さん。
その目から、涙がポトリと零れ落ちた。
「…本当ですよ。あなたなんかより、よっぽど私は亨の事を想っています。」
…この二人もきっとまた、見守り、見守られ支え合って来たのかもしれない。
私の知らない、亨の悲しみや弱さを、田所さんは沢山見て来たんだろうな…。
いつか、田所さんと二人で笑ってお酒を飲み交わす、そんな日が来たらいいな…なんて不意に浮かんだ思考は、都合が良いかもしれないけれど。
亨と二人にしてあげようと、橘さんと渋谷と席を立って田所さんの横を通り過ぎる瞬間に「…すみませんでした。」と微かに聞こえたのは間違いない。
◇
イタリアンレストランを出て、三人で向かった大紀さんのバー。古びた木枠のドアを開けると、小さいカウベルの様なカランコロンと言う音がして、「いらっしゃいませ」とはにかむ大紀さんが迎えてくれた。
「いやー。名奉行の名裁き、見事だったなー。」
「や、やめてください…橘さん。」
大紀さんの立つ中央のカウンターチェアに腰を下ろす橘さんは恐縮する私に笑顔を向けながら、ご機嫌にバーボンロックを注文する。
「俺的にはもっとド派手にやっつけても良かったって思うけどね。遠山の金さんばりに。」
その隣に渋谷が腰を下ろした。
「恭介…お前さ。この布陣、どうなの?普通さ、女性が一人、男性二人だったら、女性を挟まない?俺、恭介、木元さんってさ…。」
「当然です。」
シレッとおしぼりで手を拭きながら前屈みで私と橘さんの視界を遮る渋谷。
「この前から警戒されてんなー俺!」
橘さんが楽しそうに少しのけぞると、渋谷も嬉しそうに反応してハハッと笑う。
「真理ちゃん、モテモテだね!」
…これがモテモテと言うのだろうか。単に二人のじゃれ合いのネタになっているのではなかろうか。
そんな疑問もあるけれど、「何飲む?」とにっこり笑う大紀さんに私もつられて笑顔になった。
大紀さんて、少しだけ雰囲気が佐々木さんと似ている気がする。優しくて、明るくて安心する、そんな空気を持っている。
「あ、じゃあこの前出した、智ちゃん考案のカクテルは?」
目を輝かせた大紀さんに、橘さんの笑顔が一瞬固まる。
「あれ、結構大変だったんだよね、作るの。『真理ちゃんをイメージして』とか言われてさ。だけど俺、その時はまだ真理ちゃんに会ってなかったから。」
「ほー…イメージ。」
「や、恭介、これには深い訳がさ…。だ、大紀…もういいから、作りに行けよ。」
「あー…もう。」と項垂れる橘さんを渋谷が楽しそうに笑っている。
本当に仲良しなんだな…。
少しその関係が羨ましく思えて、みっちゃんの事を思い出した。
最近会ってないな…お互い忙しいとすぐ連絡怠っちゃう。
渋谷の事も話したいし、近々一緒におっちゃんの所にでも飲みに行こうかな。



