目的地の最寄り駅を出ると、目に入った東栄デパート。


今日は『香りのワークショップ当日』か…。
開催時間まであと数時間だな。

今頃は…準備に入っているよね…。


何となく、身体が入り口へと向かってしまった。

手みやげをどこかで買って行こうって思ってたから、東栄デパートで買って行けばちょうどいいから。

自分で自分に言い訳をしながらも、さりげなく通った、ワークショップ開催会場近くの従業員通路の前。


「今からじゃ…。どうしたらいいの!!」

声こそ、小声だったけど、悲痛の叫びに似た田所さんの声を聞いた。


…何か、あった?

立ち止まって改めて見た先には田所さんと高橋の姿。


「落ち着いて、田所さん。まだ開催まで数時間ありますから。」
「けれど、今からでは…。」


明らかに青ざめている二人に、察知した。
これ…もしかして、『緊急事態』ってヤツなのでは。


一瞬、躊躇いの念が生じる。
私は、ワークショップの担当から外れた身で部外者…。それに、今から会うデザイン事務所の所長の佐々木さん、久しぶりに会えるから遅刻とかは…ね?

いや…まあ。
佐々木さんなら事情を話せば「えーよー!」と言ってはくれると思うけど…。

溜め息を深く吐き出した。

…気になるものは仕方がない。でしゃばりと言われ様が、私が介入して事が上手く回るなら手伝いたいし。

なるべく明るく努めて「お疲れ様です、どうですか、順調?」と二人に話しかけた。


「あ…」
「木元さん!」

高橋が明らかに安堵の表情で近寄って来る。

「実は…「順調です!」

事情を話そうとしたら、田所さんがそれを遮った。

「わざわざチェックしに来られたんですか?担当でもないのに。
出来が悪いって…『私が関わってないとこの程度だ』って笑いに来たんですか?」

凄い睨まれようだな…。

まあ、そうだよね。
『渋谷は渡さない』とか言ってしまったし、亨は辞表を出すとか言ってるし。

田所さんにしてみたら、私は天敵でしかないんだろう。


「ワークショップに関わりのない方にお話しするわけにはいきません。行きましょう高橋さん。」


…だけどね?それは、それでしょ?


「言って、高橋。何があったの」
「あ、あの…」
「高橋さん、行きましょう。」
「高橋、言いなさい!」


私の一喝に高橋の身体がビクリと揺れて、田所さんが一瞬たじろいだ。

「じ、実は…東栄デパートから借りる予定だった白い丸机とそれとセットのクッション付きの椅子が全て借りられなくなってしまいまして、用意されていたのが会議用のパイプ椅子と長机で…」

「で?真田課長と渋谷は何て?」
「ま、まだ知らせてません。」
「どうして?」

怪訝に思い首を傾げた私に、田所さんへと目を向ける高橋。それを受けて今度は私に警戒しながらも、田所さんが口を開いた。

「迷惑を…かけたくありません、二人に。」

ちょっと、高橋にはいいのかい。
というかね、お客様や橘さんに迷惑をかけたら元も子もないでしょうが。

完全に気が動転して事の優先順位をきちんと整理できなくなっている田所さんに心の中でツッコミをいれつつ、吐き出した溜め息。


「高橋、とりあえず、真田課長と渋谷を呼んでおいで。」
「え…でも。」
「いいから、言う通りに動け!今すぐ!」
「は、はい!」

私の叱咤にまた慌てて走って行く高橋を見送った。

…手はある。
ただ、田所さん次第…かな。何とか冷静に戻ってもらわないと。


「ど、どういう事ですか!関係ないクセに口出しなんて…」

文句を言い始めた田所さんを従業員控え室に無理矢理押し込んだ。


「田所さん、今、どういう状況か分かってますか?」

「そ、そんなのあなたに言われなくても理解しています!勝手に指示を出してかき回さないで!あなたには関係ありません!
それとも、これで手柄を立てて、亨と渋谷さんに気に入られたいって魂胆ですか?」

…まだそこ言うか。


「田所さん」
「な、何ですか…。」
「歯、食いしばんな。」
「え…?」


バチン!!!

部屋内に小さな風船が割れる様な乾いた音が響き渡る。


結構いい音しちゃったな…。

田所さんの頬を叩いた掌が、ジンジンと痺れを起こした。


手加減しようと思ったんだけど、思い内にあれば色外にあらわるってやつで。どこか少し個人的感情が入ってたよね、絶対に。