…何やった…私。



曲がりなりにも課長である亨に説教して、啖呵切って?
あげく、クライアントである田所さんに『渋谷は渡さない』。

しかも、立ち上がる瞬間に手が上手く離れなくて話し合いの最中に手を繋いでいたのもバレると言う事態。


バカなの?私…。
うん、バカだ。


含み笑いをしている渋谷を振り切ってやって来た書庫整理部に山田部長は不在だった。
誰も来ないであろう一番奥を拝借して、壁におでこをつけて項垂れた。



…最初は事実をちゃんと確認しないとと冷静なつもりだった。

それが…『お前の行いが悪い』だの『態度が悪い』だのと言われ、私に全ての非がある言いよう。

いや、ちょっと待って?もっともらしく言っているけど、つまり、恨みに思っている事を行動に移したって事でしょ?それに、悪口メールを課内にバラまくってありえなくない?と頭に血がのぼり…やり込めた。

こんな性格だから嫌がらせメールとか送られるんだよね…。


「はあ…」

声に出して溜め息をつくと、抜けた力の分だけ額に重みがかかる。
コンクリートの壁のひんやりとした感触に少しだけ痛みが混ざった。


…渋谷にも迷惑をかけた。

『渋谷は渡さないから』

あんな風に人前で言われたら嫌な想いするに決まってる。
大体、渋谷は私のものでも何でもないんだし。

だけど、田所さんの態度があからさまで反省をしていると思えなくて。

あのメールによって、橘さんにも迷惑をかけそして三課の中にも少なからず動揺を与えたにも関わらず、その事を盾に『渋谷さんに分かって欲しい』とイイコアピール。

あんたみたいなヤツに取られてたまるか!と…つい。言わなきゃ気が収まらなかった。


「はあ…」

再び溜め息をついたその瞬間に背中から抱き寄せられる。

「ほら、それ以上おでこつけてたら、壁にめり込むから。」

し、渋谷…。

「ど、どうしてここだって…」
「真理さんの行動なんてお見通し。」

おでこがフワリと壁から離れ、首筋に触れた渋谷の唇がチュっと少し音を立てた。
それから肩に乗っかった顎。

「あ、あのさ…渋谷…」

耳に黒縁眼鏡のフレームが触れる。


「…俺は平気。慣れてるもん、真理さんに振り回されるの。」
「ふ、振り回して…」
「ない?」
「……る。」

ククッと楽しそうに含み笑いする声に、安堵を覚えた。

…ごめんね、渋谷。ありがとう。

話しをしている最中、ずっと暖かかった渋谷の掌。
その存在だけで、冷静にそして強くなれた。

あの二人に対抗出来たのは、渋谷のお陰。

言葉で相手の前に立ちはだかって守る方が渋谷にとっては簡単だったのかもしれないけれどそれは私が納得しなかったと思うから。

ちゃんと、わかってくれていたんだって思う、私を。

渋谷はやっぱり凄いね。
そんな風に人を守れるんだから。


肩を押されて身体が渋谷と向かい合わせになった。
黒縁眼鏡の奥の目が、想像よりも優しい眼差しを私に向けていて、更に安堵を覚える。

前髪をどかしておでこを見ている渋谷。

「あ~…ほら、おでこが赤くなってるよ?これ、赤みが引くまで戻れないじゃん、三課に。加減を考えなよ、加減をさ。」

その唇がそこに触れた。

「…戻れないなら、少しここに二人で居ます?」
「渋谷は戻んなよ。」
「いいの?離れて。『渋谷は渡さない』んじゃなかったの?まだそこら辺に田所さん居たりして。」

…掘り返すか、そこ。
眉間に皺を寄せたら少し白い歯を見せて笑う。

「大変だね、これから。俺の事、かなり見張ってなきゃいけないよ?」
「あれは、忘れて。」
「あんなの、一生忘れられるわけないじゃん。」

おでこ同士をつけるとグリグリと擦り始めた。

「よ、余計赤くなるから…」
「うん、戻れない様にもっと赤くしようと思って。」
「ちょ、ちょっと!」

逃げる様に浮かせた腰をグッと引き寄せられた。

「逃がさない。」

まるで魔法にかかったように、身体がロックされて唇が柔らかい感触に包まれる。

啄むようなキスを何度も、何度も味わう最中、思っていた。


やっぱり私は厄介で、私と居ても今回みたいに巻き込んで迷惑をかけて…渋谷になんらメリットなんて無いかもしれない。

だけど感情に流されてあんな風に『渡さない』などと言ってしまう程、自分がこの人を欲してるのは間違いなくて。

だったら…年甲斐も無く欲望に従ってみようか。

例えそれで、傷ついてボロボロになったとしても、この人が相手なら私は後悔しない。

「渋谷…」

キスの合間に互いの吐息が混ざり合う。

「好き。」

発した言葉は、再び塞がれた唇に甘さを与えて溶けていった。



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