「話はついたかい?渋谷君と」


渋谷と時間をずらして戻ろうと書庫に留まって資料を読み始めた所に山田部長が声をかけに来た。


「申し訳ありません、お騒がせしまして。」
「いや?君が来てくれるなら理由は何であれ、大歓迎。」


「相変わらず、熱心ですね」と私の見ている資料を指す山田部長の笑顔に私も思わず頬を緩めた。



書庫整理部に在勤しているのは、山田部長だけ。
部長とは名ばかりで、すべての管理を一人でやらなければ行けない。


山田さんも昔は3課で活躍されていたらしいけど、数年前に自ら志願して、ここに来たらしい。
白髪で目尻に皺があって微笑みが知的で優しい私の憧れの人。

これだけたくさんの資料が、きっとこの人の頭の中には全て整理されていて内容も全て把握している。

切れ者、だよね。

一緒に仕事がしてみたかったし、直属の上司としてこの人の元でイベントを立ち上げてみたかった。きっとたくさんのことが学べたはず。


「渋谷君の事、初めて近くで見たけど、なかなかの色男じゃないか。」
「も、もう…やめてくださいよ。仕事上のことで少し注意をしていただけですから。」
「そうか。だが、今時珍しい位に礼儀正しい子だな。
さっき出て行く時に、『お騒がせしてすみませんでした』と深々と頭を下げてから出て行ったよ。」


そうなんだ…

小首を傾げて微笑む渋谷が浮かぶ。


『楽しみにしてますよ』


まあ…悪いやつではないのかも。
とりあえず飲みには行こうかな…。これから一緒に仕事をするわけだし、渋谷の事少し知ったら仕事もスムーズに行くだろうしね。



「……。」


そこまで考えて、ハタと一度足を止めた。


飲みに行く…は良いけれど、よく考えたら会社の中でこれと言って付き合いの無い私は、後輩を連れてくような小洒落た店がわからない。


亨と一緒に行ったお店は絶対行きたくないし。歓送迎会に使われた所や顧客の方に連れて行って頂いたお店は誰か知り合いに会いそうで面倒くさい。

一人で行く、いわゆる“行きつけ”の店はあるけれど…
出来上がったオヤジ達がガハハと笑い合ってるような店だから、渋谷みたいなチャラッとしたやつが気に入るとは思えないし。

普段は自分の部屋で部屋着に着替えてお取り寄せした黒霧島飲むのが至福で…


そこまで考えて思った。

私、枯れてる。どうなの女子として。

まるで干物………そうだ!

咄嗟に思い浮かんだ、大学時代からの友人。
どこぞの会社の社長秘書として勤めている彼女ならそういうお店に詳しいかもしれない。
『干物』で思い出すってどうなんだろうかと思うけど、『類は友を呼ぶ』と言うやつで。仕事が終われば私同様、家で黒霧島だから仕方ない。

スマホを取り出して事情をメッセージで送る。
忙しいからな、“みっちゃん”。返事は期待しないでおこう、そう思っていたけれど意外にもすぐに返信が来た。


『社長がご愛用なさってる店(一例)』


いっぱいある…この短時間でよくこんなに羅列できたな。
しかも、ホームページのアドレスまで。

さすがは、社長秘書。

『ほとんどは企業秘密なので。教えられるものだけね』

うん…ごめんね。ありがとうみっちゃん。


結局、どれも高級すぎて参考にならなかったけど、『ありがとう』とスタンプを送って、画面を閉じた。


「……。」


…何かあほらしくなって来た。

大体、渋谷といくのなんて、そこら辺の居酒屋で十分なのに私は何をこんなに一生懸命考えているんだろうか。

渋谷と関わると何か調子が狂う。


「…仕事しよ。」

スマホをスーツのポケットに仕舞って、ため息と共に力なく歩き出した。


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