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いつの間にかカーラジオは70年代のジャズを終え、英語のスピーチを繰り返す番組へと変わっていた。相変わらず車窓を雨が絶え間なく流れ落ちる。

…真理さん、濡れずに済んだかな。
まあ、智ちゃんが送っているだろうから大丈夫…な、はず。


一度片手で外したメガネ。手の甲で少し目元を拭うと隣で少し身体を震わせてる田所さんに目を向けた。


「…で?『許せない、天罰よ』って真理さんが立場を失うようなメールをでっち上げて流したんだ。」

「渋谷さんは何とも思わないんですか?あの飲み会の時も、橘さんと二人で飲みに行ってしまって…。」

「あ~うん、俺もあれは『オイ』って思った。しかもあの日、俺、誕生日で約束してたんだよ?」

思わずあの時の事思い出して苦笑いを見せたら、田所さんは少し冷静な顔つきになって溜め息をつく。

「…そうやって振り回すんですね、やっぱり。」
「そ、面倒くさいよ~あの人。
偉そうに理路整然並べたな~って思ったら、すぐピンヒールに躓いてコケるし。で、助けてあげると怒るし。」
「…え?」

田所さんはの意外だと言う反応に嬉しさが込み上げた。

どんだけ俺は真理さんが好きなんだろうね。こんなシリアスな状況で『やっぱり俺だけが知ってるんだ』なんて優越感持っちゃって。


「あの人ね、酒はワインやシャンパンより、行きつけの居酒屋にたむろするオヤジ達と飲む日本酒熱燗が好きなんだよ。酔っぱらってガハハーとか肩組んでオヤジと笑っててさ…って、あ、これは言ったって秘密ね?」

「そ、そんな風には…」

「だろうね、あの人、意地っ張りで見栄っ張りだからさ。無意識に周囲の目を気にして
本当は笑いたいのに笑わなかったり、本当は褒めたいのに褒められなかったりすんだよ。」


『渋谷!』

真理さんの事を話し出したら勝手に脳裏に口を尖らせてムキになる真理さんが浮かんで来た。


「…人なんてさ、見た目通りとは限らないって思わない?」


田所さんが膝に置いた拳をぎゅっと握りしめた。

「…渋谷さんは、木元さんが好きなんですか?」
「そこは、見た目通り。」
「彼女はどうなんですか?」
「どうだろうね。まあ、そこそこ好かれてんじゃない?」


俺の返事に不服そうな表情を浮かべる。


「…亨が言っていました。
木元さんは絶対に、誰に対しても振り向いてくれないんだ…って。
誰にも攻略出来ない人なんだって。」

その眼差しは真剣で瞳は潤いに満ちている。

「渋谷さん、私じゃダメですか?木元さんにしてしまった事は本当に悪かったと思っています。だけど、どうしても許せなかったから…。その感情も最初は亨に対しての情でした。だけど渋谷さんと出会って、お話ししてそれだけじゃなくなったんです。」

抱きつく所作まで柔らかくて、思わず吐いた溜め息。

…どこまでが、この人の本音なんだろうね。


「俺、あなたの事嫌いなんで。」

ピクリと俺を抱き締めてる腕が揺れた。


「俺はどちらかと言うとあなたに近い。欲しい物があればそこに向かってく。でも真理さんの事は喉から手が出る程欲しいけど、誰かを陥れて手に入れようとは考えない。」

ゆっくり離れた田所さんの表情が恐々としている。

多少本気で好きにはなってくれてたのかな…だったら嬉しいけど。

そんな事を考えながらドアのキーロックを解除した。

「個人的感傷や印象云々で真理さんを陥れただけじゃなくて、智ちゃんの名誉も傷つけた。そこにどんな事情があろうと、俺は絶対許さない。」

「そ、そんな…。」

「事情なんてね、皆それぞれ抱えてんだよ。それを他者に責任転嫁するのは違うでしょ?」


助手席のドアを少し押し開ける。近くなった田所さんの蒼白の顔を下から真顔で覗き込んだ。


「次に真理さんに変な事をしたらただじゃおかない。それだけは覚悟してて。」


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