「どうって、べつになにも」

「昨日、あの後桃と水野君が付き合ってるんじゃないかって、噂になってたよ」

「えー、ないない、それはない。昨日は緊急事態だったんだよ」

「昨日のあの感じからすると、そうだってことはわかるけどさぁ。そんなに好きなら、さっさと告白しちゃえばいいのに」

「うっ……それは」

実は前に一度してるんだけどなぁ。水野君は覚えていないみたいだけど、あの時は相当勇気を振り絞ったんだよ。それに、勢いもあった。というか、ほとんど勢いだった。

今はタイミングを掴めないというか、このままでもいいかなって思ってる私がいる。

たくさん飲んで食べたあと、私たちはファミレスを出た。みんな二次会でカラオケに行くみたいだったけど、疲れていることもあって帰ることに。

駅でみんなにバイバイしてから、改札を抜けてホームへと続く階段を上がる。

「夏目!」

すると、うしろから大きな声で名前を呼ばれた。

振り返るとそこには、息を切らした水野君がいた。

迷彩柄のダウンにジーパン姿で、黒のマフラーに顎先を埋める水野君。

「あれ? カラオケに行くんじゃないの?」

佐々木君たちといたから、てっきりそう思っていたけれど。

「行かねーよ、夏目と話したかったから。ちょっとだけ時間あるか?」