「桃って、ほんとは付き合ってる人がいるの?」
皐月はなぜか、私の耳元に顔を寄せて小声になった。
「えっ? なに、いきなり」
突拍子もない質問に少しビックリ。
「あのね昨日の帰りに、桃が男子と二人で仲良く帰って行くのを見たっていう友達がいてさぁ」
皐月は同じようにヒソヒソ声で続けた。
昨日の帰り……?
男子と二人で……?
それって、もしかして。
「蓮のことか。ないない! ただの幼なじみだよ」
蓮との仲を勘違いされることは、中学の時にもよくあった。
否定しても信じない人や疑う人が多かったけど、何度も何度も繰り返し否定するうちに、だんだんとみんな信じてくれるようになった。
そして三年生になった頃には、二クラスしかない狭い世界で、私たちの仲を疑う人はいなくなっていた。
蓮の身長が伸び出して、モテ始めたのも同じ頃だったような気がする。
「なぁんだ、幼なじみか。桃の恋バナが聞けると思ったのにな」
落胆するように肩を落とす皐月。
「あはは。恋バナねぇ。あったらいいんだけど」
皐月に明るく返す。
「でもさぁ、幼なじみって憧れるなぁ! 漫画とかドラマでも、幼なじみ同士の恋愛ってよくあるよね。ちょっとぐらい、ときめいたりするんじゃないの?」
皐月は諦めきれないと言わんばかりに、食い下がってくる。
「私と蓮は生まれた時からずっと一緒で、兄妹みたいなもんだからね。そんな目で見たことすらないよ」
私はそんな皐月に微笑みながら返した。
そんな目で見たことがないのは、蓮も同じだと思う。
蓮は私のことを、手のかかる妹くらいにしか思っていないはず。
「なぁんだ、つまんないの。じゃあ、ほかに気になる人はいる? カッコいいなぁって思う人とか」
「えー……? そんな人……」
——ガタッ
そう言いかけた時、隣で椅子を引く音がした。
スクールバックをドサッと机の上に置き、耳にはイヤホンをして音楽を聴いているであろうその人。
無愛想でクールで、相変わらず人を寄せつけない冷たい空気をまとっている。
そう。
彼は入学式の時に私をストーカーだと勘違いした、失礼な男子だ。