藤堂さん家の複雑な家庭の事情

藍子が部屋に鍵を掛けたのは、翡翠に対して怒ってる訳でも、ソファを蹴られた事を根に持って拗ねてる訳でもなく、ただ会いたくないと思っているから。


会えばお金を使った「理由」を聞かれる。


それは言えない。


勝手にお金を使ったのは悪い事だと分かっているし、翡翠の気持ちもちゃんと分かっている。


だけど藍子がそうした事には、藍子なりにちゃんとした理由がある。


それを本当は言いたいと思っていても言ってはいけない事だから、藍子は鍵を掛け、翡翠に会わないようにするしかなかった。


せめて上手い言い訳が思い付くまでは、どうにか翡翠に会わないようにしなければと思っている。


ドアの向こうにいる翡翠の、ドアを蹴る行為は終わらない。


鍵を掛けられた事が、相当頭にきてるらしい。


「ドタマきたぞ、この野郎!」

これが他人同士なら警察が来てもおかしくない事態だが、如何せんこれはただの兄妹喧嘩で、藍子に警察に通報する意思は毛頭ない。


「てめえ、会った時にどうなるか覚えてろよ!」

ドンッとひと際大きくドアを蹴り、翡翠は諦めドアから離れた。


1階に下りていく足音が、苛立ちから自然と大きくなっていた。