そもそも翡翠が「仕事着」としているスーツの類は全てブランド物なのだが、琢が指差したのはその中でも高い物で、手に取った途端にそうと気付いた藍子の頭を「ヤバいかも」という思いが掠めた。


「琢ちゃん、汚したり破ったりしないでね?」

「オレ、そんなんした事ねえよ」

「嘘だね。この間もお兄ちゃんのスーツ汚して怒られてたの見たもんね」

「あれは事故だから仕方ない」

「お兄ちゃんのスーツ着ながらジュース飲んでて零したのが事故?」

「零してない! テレビ見てて吹き出しただけだ!」

「全然事故じゃないしね」

「テレビが面白かったっていう事故だ」


言いながら、藍子の手からシャツを引っ手繰った琢は、大袈裟にシャツをはためかせて身に着ける。


当然琢にそのシャツは大きく、すっぽりと体を包み込まれた。


「藍子、上着! 上着取って!」

「ええ!?」

「ジャケッツ! 黒のジャケッツ!」

「ええ!?」

「早く! 早く!」

「1回だけって言ったじゃん!」

「シャツとジャケットで1セットだろ!? だからふたつで1回だ!」