記憶の中から引っ張り出してきた彼の名前を、声に出す。
彼なわけない。だって彼は、東京の高校へ進学して。
ありえないのに、もしかして、と期待している私がいた。
青年が、口元を緩める。
「──久しぶり、桜華」
7年前より、高くなった身長。大人の男性らしくなった顔立ち。
なのに、纏う空気は少しも変わらないまま。
──他の誰でもない。紛れもなく、流風だった。
私は慌てて鍵を抜き取り、数メートル離れていた流風との距離を詰める。
「久しぶり!変わんないねー」
ようやく自分の知っている村に、戻ってきた気がした。
「それって俺が成長してないってこと?嬉しくねえ…」
はあ、と息をつき、あからさまに顔をしかめるその仕草も、昔と少しも変わっていない。
嬉しくなって、左手で口元を隠して笑いをこぼすと、流風は私を見て目を細めた。
「桜華は…ずいぶん変わったな」
ああ、と私はうなずき、その場でくるりと回って見せる。
「可愛くなったでしょ?東京ってオシャレな人多くて、私もその影響」
実際、髪を染めたのも巻いたのもメイクを始めたのも、東京で、周りから浮かないようにするため。
流風は興味なさげに私を一瞥し、それからはっきりと一言。
「俺はあんまり好きじゃねえ」
──同じだった。昔と、少しも変わらない。
普通の人なら口にするのをためらうことさえ、流風は決して目をそらさず、はっきりと言ってくる。
良く言えば素直。悪く言えば傲慢。
嫌みも何も含まれていない、ただ思ったことを言っただけの言葉だからこそ、言われた方はダメージが大きい。
例に漏れずダメージを受けた私は、ごまかすように笑った。
流風に傷つけようとする気はない。
ただ思ったことを、率直に伝えてきただけなんだから。