アパートに戻って103号室に入ろうとすると、ふわりと柔らかく風が吹いた。
人の気配に振り向くと、いつのまにかそこに流風が立っている。
──さっきはいなかったのに。
「おかえり」
流風が無邪気に笑った。
私は驚いてドキドキしている胸を押さえ、びっくりさせないでよ、と呟く。
「あ、そうだ。流風は私の手料理、食べたい?」
帰りに駅から少し離れたスーパーで食材を買ってきたことを思い出し、ビニール袋を持ち上げて見せると、流風はぱっと笑った。
「食べたい」
ぱたぱたとしっぽ(幻想)を振ってくる流風に、私は笑顔を返す。
「じゃあ私の家においで」
流風といると自然に笑えるのは、どうしてだろう。
あったかくて優しい気持ちになれるのは、どうしてだろう。
「何作るの?」
くい、と首を傾げる仕草は、相変わらず流風に似合っている。
「さあ何でしょう」
流風の好きなものにしよっかな、と小さく呟くと、ハンバーグは?と返された。子供か。
「なんか、普通ってかんじだね」
「じゃあ何がいいんだよ」
ハンバーグなんて作ったことない私は少しだけうつむいて、自信ないよ?とこぼす。
流風は、ふんわり笑った。
「桜華が作ったのなら、なんでもいい」
だから美味しく作れよ、とついでと言わんばかりにプレッシャーもかけられる。
──それがなんだか、嬉しくて。
流風のためなら私、頑張ってみるよ。
口の中でだけそう呟き、私は103号室の扉を開けた。