さっきの話の続きは気になるものの、私から促すのも何だか悪い気がして、とりあえずパンケーキを口に運ぶ。

辻先生はそんな私を見ながら、そっと口を開いた。


「……天海先生は、いじめとか、あったことある?」


突然重苦しい内容の質問をされて、反射的に首を振る。


「いえ、そんな、ない、と思いま……あ」


いじめなんてないと思っていたけれど、不意に思い出すことがあって、私は言葉を詰まらせた。


「いじめ……というか、ちょっとした嫌がらせ、みたいなのは高校のときに」


おとなしい子を少しだけからかったり、授業で問題を間違えた子を笑ったり。

いじめ、とは言えないくらいの小さなことだけど、中学校まで田舎でみんな仲良くやっていた私には、居心地の悪い場所だった。


「そっか」


辻先生から聞いてきたくせに、あんまり興味がなさそうに返される。

私は、それがどうかしたんですか?と先を促した。


「……クラスメイトが、中学のときにいじめられてたんだよね」


気まずそうに、不自然に目をそらしながら言う辻先生。

私は思わず固まって、え、と呟く。


「俺はもちろん、直接いじめたりはしなかったけれど、でも、止めようともしなかった」


学生の頃、道徳の授業とかで言われた、傍観することもいじめだ、という言葉を思い出した。

辻先生は、眉を下げて笑顔を浮かべる。


「そのときの担任は、いじめの存在にさえ気付いていなかった。皮肉なもんだよね。先生に相談しろとか簡単に言うけど、相談したらいじめは酷くなるんだもん」


だから俺は、教師が嫌い。


そう刺々しい声で言った辻先生は、不意に視線を落とし、それから自嘲するように口角を上げた。


「……違う。ほんとは、いじめを止められなかった俺が一番嫌い」


……私の知ってる誰かさんより、ずっとずっと人間らしい。

流風はいっつもまっすぐで、悩んだり後悔したりすることなんてないだろう。


流風だったらきっと、あっさりいじめを止めてしまうから。
彼はきっと、自分が代わりにいじめられたとしても、後悔しないだろうから。



──でも、私の目の前にいるこの人は。


「だから俺は、教師になって、一番にいじめに気付いてあげたい。あのときの俺には出来なかったことを、教師になった今、叶えたいんだ」


たくさんの後悔をして、苦しんで、答えを見つけたんだ。


「……わ、私も」


私は、流風のようにまっすぐに進めないから、進めないけど、進めないからこそ。


「……ちゃんと生徒に寄りそってあげられるような、そんな先生になりたいです」


私もおんなじように悩んだから、悩む人の気持ちがわかる。

完璧な先生にはなれないだろうけど、失敗することだってあるだろうけど、その方が人間らしい、よね。


ほんの少し目を見開いた辻先生が、一緒に頑張ろう?と笑った。