先輩が高校に行っても交際は続いたけれど、こちらは逆に受験の年だったし、先輩も高校での部活やバイトが忙しくて、会えるのは月に1~2回程度。何度かデートもしたけれど、一足先に高校生になった先輩は別世界の人のように見えて、中学の時以上に距離感を感じてた。

結局最後は、自分の卒業式の後、春休み中に、”バイト先で好きな子ができた”って言われて、謝られたっけ…

洗ったコップを手に、蛇口のレバーを閉めると、あの時の切ない気持ちを思い起こし、しばし感慨にふける。

給湯室の小窓から、もう既に葉桜になってしまっている、大きな桜の木。

”そういえば、あの時満開だった桜、綺麗だったなぁ…”

執務中であることも忘れ、すっかり甘酸っぱい初恋の終わりに想いを馳せていると…

『おい』

肩を叩かれ、反動で振り向き、思いのほか近くに関君の顔。

『わッ!!』

びっくりして、コップを両手で握りしめたまま、部屋の片隅まで3メートルほど後ずさる。

関君は、その場で、不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。

『何だよ、その反応』
『だって…急に…ち、近すぎでしょ』
『何度も声かけた』
『え…あ…そうなんだ』

関君は、黙って後ろにあるサーバーに向かうと、持ってきたカップに珈琲を注ぐ。

『…ゴメン、ちょっと考え事してて…』
『昔の男のことでも考えてたか』
『!!』

そのままズバリ言い当てられ、その洞察力に驚き、動揺する。

『べ、別に先輩のことなんか…』
『…先輩?』

注がれた珈琲を一口その場で口にしながら、フチなしの眼鏡の奥から、ジッと鋭い視線を寄越す。