今夜、シンデレラを奪いに

「もう一度だけキスをさせてください。

透子をずっと忘れずにいられるように。

宝石のような瞬間が自分にもあったのだと、この先も信じていられるように。」


抱き占められたまま耳元で囁かれた言葉に心をくしゃっと潰された。嬉しさと悲しさが全く同じだけ混ざると、こういう堪らない気持ちになるんだ。


でも、別れを前提とした言葉なんか、


「やだ」


「これでも誠心誠意打ち明けたんですが、今のはかなり傷付きましたよ。

こういう時くらいは可愛らしく同意して頂けないものでしょうか?」


「ふざけんな」


「そうですか。

では拒否権はありません」


強引に上を向かされて唇が触れ合う。真嶋の手がジャケットの内側に滑って背中が熱くなった。上半身に少しだけ体の重さを感じる。


「…………ん、っ………」


肩を強く掴む手と同じように、絡んだ舌が私の内側に熱を刻みつける。腰に添えられた手に強く体を引き寄せられた。傲慢で、強引で、私を全て捧げよと命令するみたいな、真嶋らしいキス。

そっと目を開けると、きゅっと寄った眉根が見えた。今の真嶋はまるで遠吠えする狼みたい。泣いてないのに悲しそうに見える。


「ん…………、はぁ……っ」


唇を離した真嶋は、手の力を緩めてびっくりするほど優しく抱き占めた。暖かな体温。髪を撫でるのは天使の羽根がくすぐるような手つき。


胸が苦しいほどドキドキするのに、長い間優しくくるまれているとこのまま眠ってしまいたくなる。甘くぼやけた意識の中、最初に出会った頃を思い出した。


真っ暗闇にいた人が真嶋だと知らない時に、こうやって胸を借りてとろとろと眠った。とても心地良い眠りだった。


「あ、のね。大事な話が途中のままこういうことを言うのは悪いんだけど。

今、すごく眠たくて。着いたら起こしてくれる?」


「そろそろだと思っていました。」


「え?」


「起こしませんよ。先程お渡ししたのは、あなたを眠らせるためのコーヒーです。

言ったでしょう?俺は卑怯な手段を考えるだけじゃなくて、躊躇いなく実行します。」


「…………え」


意思とは関係なく明滅する視界。どんなに頑張っても霞がかったようなこの意識は……


「店で予習してきたばかりじゃないですか。

あなたは真っ直ぐだから、何度でも騙される。これを期に人を簡単に信用するなという教訓を得て下さい。」



優しく、優しく抱き締められながら、甘い声で告げられる突き放すようなの言葉。



「この、あんたってやつは…………!」


「お叱りはごもっともですが、すみません。お話するのは今だけです。透子の意識が保たれているうちは、ですけど。

今後は海外拠点の調査をする予定で、今のところ帰る予定はありません。もうすぐお別れですね。」