「朝のラッシュは大丈夫だったのか?」

駅までの道を辿りながら、健琉は芽以に聞いた。

「今朝は初めての電車だったので、大学まで一緒だった庸子ちゃんに付きあってもらいました。」

芽以は嬉しそうに頬を染めている。

「満員電車ってあんなにすごいものだったんですね。ギュウギュウに押し潰されて。この間乗った鉱山列車のアトラクションより驚きました。」

そして、朝の様子を思い出して楽しそうに笑った。

「明日からは一人なのか?」

「はい、父が"お嫁にいくんだから、これからは何でも自分でできるように自立しなさい"って言いまして。人よりも随分遅いとは思いますが、突然、世間の荒波に投げ出された気分で高揚しています」

駅につくと帰宅する学生や会社員でごった返していた。

芽以は、ICカードの使用方法や看板の見方、自宅と会社の最寄り駅の出入り口、電車の乗り場等について詳しく庸子からレクチャーを受けたと言った。

行きも帰りに利用する駅はどちらも、あまり大きな駅ではないので覚えるのは簡単そうだ。

しかし、通勤・帰宅ラッシュは尋常ではない人の数だ。

お嬢様の芽以が一人で対処できるとは思えない。

「俺の車で送るよ」

健琉が思い立ったように告げると

「いえ、父が"何があっても今日は絶対に電車で帰ってこい"と言いましたからそれはできません」

と芽以は首を振った。

"電車に意味があんのか?"

健琉は、芽以の父の言動に疑問を覚えたが、父に絶対服従の芽以が言いつけを破るとは思えない。

だからと言って、芽以を一人で電車で帰す訳にもいかず,,,。

「それは、一人で帰れと言われたのか?」

「いいえ、一人でないとダメとは言われませんでした」

やはり、芽以父の何らかの意図が見え隠れしているように思える。

"試されてんのか?"

健琉も御曹司なので、電車に乗ることはほとんどない。

ましてや満員電車なんて不快な状況はもっての他だ。

健琉は意を決して、芽以と共に、芽以の実家方面の電車に乗り込むことにした。