10時の休憩時間になると、葵生はミーティングルームに健琉だけを呼び出した。

「芽以ちゃん、今日、総務の笠原さん達に呼び出されてたぞ」

健琉は怪訝な顔で葵生を見た。

「お前が、昼休みまで芽以ちゃんを拘束するから、俺とお前の不名誉な噂を歓迎していた連中が誤解して、芽以ちゃんに難癖つけてたんだよ」

「葵生がそれを止めたのか?」

「いや、声を掛けたら、そいつら、その場から逃げていった。」

健琉は不満そうに舌打ちすると、

「勝手に俺らをBL路線と勘違いしておいてよくやるよ。俺には関係ないね」

「芽以ちゃんがいじめられてもか?」

「あいつは強いから大丈夫だろ」

「そんなわけあるか。慣れない環境でただでさえ気を張ってるんだ。もっと気を遣ってやれよ」

葵生がいつになくムキになって言った。

「具体的には?」

「まずは昼休みの拘束を解除しろ。健琉と俺が今まで通り社食を利用すれば、笠原さん達は満足するはずだ」

健琉と葵生の噂など、単なる暇潰しのネタだと鷹をくくっていたし、勘違いされることで女性から一歩引いた目でみられるのは好都合だった。

しかし、
その関係に、芽以という女性が混ざることで生じる混乱など予想もしていなかったことだ。

芽以の配属当初、健琉が牽制していたのは、芽以に対する男性社員の好奇の目だ。

この一週間、芽以の同僚である沢城が、芽以に接近する様子はない。

もちろん周囲の男性社員も、様子を疑っているのか、直接的に芽以へのアプローチをしかけてくることはなかった。

"俺と芽以の関係が暗黙の了解になっているのかもしれない"

健琉の前向きな勘違いは、大きく読みを誤っていた。

なにも知らない羊を狙う狼の群れに、芽以が首をかしげて佇んでいるのを、周囲の社員は物珍しそうに囲んで見ていたのだ。

自部署に戻ると、健琉は

「今日からまた、葵生と社食を利用するから弁当はいらない」

と芽以に伝えた。

昼休みには、葵生と連れだって社食を利用する健琉の姿がみられた。

その状況を、笠原をはじめとした腐女子軍団は歓喜したが、

"ついに白木さんが黒田からリリースされた"

と判断した"芽以ハンター"達にとっては待ちに待ったアプローチ解禁日となったのである。