入社式から2週間が過ぎた。

新入社員の全体オリエンテーションを終え、白木芽以(22)は "商品開発部へ配属する"という辞令を受け、現在、朝のミーティングに参加中である。


芽以は、この春、幼稚園からエスカレーター式の有名女子大を卒業し、本日、晴れて、KURODA baby&kids company(略してクロカン)という、育児関連用品を扱う大手企業に入社する運びとなった。

卒業したのは幼児教育学部であったが、教育の道に進まず、この会社に入社したのは訳がある。

芽以の実家である白木の家系は、江戸時代に藩主として名を馳せた名家。

当時から保存されている名刀や甲冑を保持し美術館を運営している。

父は、剣道の範士で武道家としても知られる"白木剣士"。

そこに、刀の愛好家で、大の幕末好きとして知られる"クロカン"の社長・黒田総司が、白木剣士に縁談話を持ちかけたことから、芽以の運命は一転した。

今から四年前、白木美術館において"第二次世界対戦の際にGHQから返品された日本刀"を展示する催しを開いた際に、黒田と白木は知り合った。

以降、交流を続けていくうちに二人は気心が知れるようになり、休日には酒を酌み交わす仲になった。

そんな中、白木美術館の運営に陰りが出ている現状を聞いた黒田は、美術館と武道館の運営費を援助する代わりに、"自分の息子と白木の娘(芽以)を結婚させたい"と申し出たのだ。

実は、この黒田、大の幕末好きが高じて、名だたる武家と縁故を結びたいと本気で思っていたのだ。

白木家にとっても、大企業がスポンサーになれば美術館や武道館の運営が楽になることは明白であったし、芽以にとっても申し分のない嫁ぎ先であるといえる。

そうした中、白木剣士は

「芽以、大学を卒業したらKURODA baby& kids companyに就職しなさい。」

と、大学4年になり就職活動を始めようとしていた芽以に対し、徐に告げた。

「すでに内定はもらっている。それに,,,。」

こほん、と咳をした剣士は

「就職したら、その会社の息子の健琉くんと婚約することも決まっている。」

と事も無げに告げた。

芽以は大学からもらってきた就職案内のパンフレットをポトリと落とす。

「えっ、お父様、そんないきなり,,,。」

「小さい頃から結婚相手は私が決めると言っていただろう。」

芽以の父は武士道を貫いている男であり、芽以達家族にもそれを強いてきた。

もちろん、そんな父に育てられた芽以も"父の教えは絶対である"とマインドコントロールされていたため、逆らうつもりは毛頭なかった。

ただ、寝耳に水で驚いただけなのだ。

「そういうことだから、ちゃんと花嫁修行を続けるように。卒業まで、羽目をはずすんじゃないぞ。」

そういって、父は武道館に行ってしまい、詳しいことは聞けずに現在に至る。

こうして、芽以の知らないうちに決められた政略結婚は幕を開けたのである。