「金木。」
「は、はい!鎌田さん!」
「ほら、資料。」
「ああありがとうございます」
「お前、何回『あ』言えば気が済むんだよ…。」
「ひっ!すみません!」


パサリと頭の上に置かれた資料に手を置いたら、耳にその唇が近づいた。


「…今夜、空けとけ。」


うわわわ~!


頭の上から蒸気が、ぼん!と音を立てて噴火したのではないかと言う位、身体が熱くなる。


だ、大丈夫…かな。
わ、私…ちゃんと歩けて…


「ねっきー、どうしたの?左足と左手、一緒に出てるよ。」

「あ…渋谷さん。」


鎌田さんと同期の渋谷さんに声をかけられて我に返り、慌てて顔をOLスマイルに戻した。

いけない。

鎌田さんに接近されて浮かれてたってバレる所だった。


「いきなりホッとして冷静にもどんなや、わかりやすすぎるわ。」


え?!バレて…?!


含み笑いをする渋谷さんに向かって目を見開いた途端に落とした資料。


「テメ!何やってんだ!」


すかさず鎌田さんが再登場。


「ったく、俺が折角徹夜で完成した資料…。」
「すすすす、すみません!」


ああ…何をやっているの、私。


急いでかき集めていたら、一緒に拾う為に隣にしゃがみ込んだ鎌田さんがポツリと呟いた。


「…恭介に見蕩れてんじゃねーよ。」


…え?

書類を拾い終わった先で、屈んだまま、思わず鎌田さんを見た。
そんな私に鎌田さんは、ふっと短い溜息をつく。


「まぁ…気持ちはわかるけど。
見た目、タッパの割に童顔だし、話術も長けてるしね。気が利くし。誰に対しても柔軟だしさ。」


た、確かに渋谷さんは、鎌田さん同様、仕事に対する熱意と努力は相当なものだと思っておりますし、優しい方でよく気を利かせてくださるので尊敬してはいますが…全く見蕩れていませんよ?

鎌田さんに見蕩れている事は数えきれない程ありますが。


「あ、あの…」


誤解を解こうと、急いで立ち上がると、鎌田さんが、真正面から、神妙な顔で私を見た。


「でもアイツはやめとけ。
アイツは、女に会って最初に見るのは胸だ。お前には無理。」


は、はい~?!


「あ、ちなみに、俺は大丈夫だけど。
やっぱり、最初に見るのはケツでしょ」


大丈夫って何が?!
ドヤ顔のかっこよさにオブラートされてるけど、普通にセクハラなんですけど!

そして貧そな身体で悪かったね!

机の上に山積みになっている、過去の資料ファイルを乱暴に持ち上げた。



「書庫整理部に行ってきます!」


大体ね、とっくに知ってるもん。
鎌田さんが女性はお尻に魅力がある人が好きな事なんて。

だから毎日、四つん這いで足上げ100回ずつやってお尻ひきしめてるんだもん。


だけど…相手にされない。

仕事でパートナーとして指名される事は多いけど、『お前は仕事しやすいから』と言われる。


…仕方ないよね、鎌田さんがいつも気にしている年上の人。


三課の木元真理子さん。

同じく三課の真田さんて人とお付き合いしているみたいだけど、遠目から見ても凛としててかっこ良くて高めのピンヒールが似合ってて…私とは、似ても似つかない、素敵な人だもん。

エレベーターを待っている間、足元のペタンコなフラットシューズに目を落として溜め息をついた。

高めのピンヒールなんて履いた事無いな…。試着だけでぐらついているのに、会社で履いたら仕事にならない。
私は太めのヒールローファーが関の山…。そりゃ相手にされないよね。