伝えたかった事



 凪の名前を何度呼んだだろう、凪の『あっ!待っっ!』という静止も聞かずに勢い良く手を伸ばして凪を抱き締めようとするが、手は凪をすり抜けてしまった。
 必然的に壁にぶつかる。
 きっと鈍く酷い音がした事だろう……。



『水乃ちゃん!大丈夫ですか!?』

『今、すり抜けて……』

『ごめんなさい、僕これでも幽霊なので……』

『幽霊……』

『未練があって一時的に戻ってこれたんです』

『未練……って』

『水乃ちゃんに伝えたい事、言えてなかったから……ですね』

『……伝えられなかった……事?』

『……水乃ちゃん、僕……

『待って』

『へ?』

『凪が……今私の目の前に居る凪が夢や妄想じゃないって証明して』

『えっ……』

『だって……いきなりこんな……あり得ないでしょ!?
 都合良すぎる!!』

『水乃ちゃん……』

『ねぇ、貴方は本当に……凪なの?
 私凪が死んだって聞いて、御葬式も行って
 ずっと凪の事を考えて、それで貴方が……』

『違います』

『何が違うって言うの!?凪は死んだの!!
 それに、幽霊になったら私の所じゃなくて家族の所に行かなきゃおかし

『水乃ちゃん』

『っ!?』

『落ちついてください
 水乃ちゃん、混乱させてごめんなさい
 でも嘘なんかじゃ無いんです』

『……』

『勿論、家族が心配では無いのかと聞かれてしまえば心配ですとしか答えられないし、先に死んでしまってごめんなさいとも謝りたいのは確かですが……
どうやら僕の姿を見せられるのは一人だけみたいなんです』

『そんな……一人までなんて誰かに言われたの?』

『いいえ、ですが不思議とそういったルールがあるって事を知ることが出来たんです』

『でも、それなら尚更家族の内の誰かに……』

『それじゃ駄目なんです
 家族の内の誰かに伝言を頼むんじゃ意味がなくなっちゃうんです』

『……そう』

『でも、一番伝えたかった事が……
 僕の願いはそれじゃなかったみたいなんです』

『……凪……』

『うん』

『本当に……凪なの……』

『はい、そうですよ』

『そう……なんだ……そうなんだっ!!』

『水乃ちゃん……』

『……うん、今ここに居る凪は私の幻影なんかじゃないわ……
 だって私はそんな小難しい設定考え付かないもの』

『あはは……』

『ねぇ……凪の伝えたかった事って……何?』

『あぁ、えっと……あのですね』

『凪の伝えたかった事……
 話終わったら約束……果たせる?』

『あっ……』

『……凪?』

『……ごめんなさい、水乃ちゃん』

『……へ?』

『僕は、未練を取り除いた瞬間……』

『……え……』



 凪は決して明確には言わなかったけど、察した瞬間頭が真っ白になった。
 凪に儲けられたルールも信じられなかったけれど、もっと信じられなかったのはせっかく再会出来た凪と直ぐに別れを告げなければならないと言う事実だった。