「大丈夫か?」
ふいに声が聞こえて、そこで改めて、
橙輝が隣にいたこと思い出した。
無意識に握っていた手に気付き、
慌てて手を離す。
すると橙輝はスケッチブックに視線を落とした。
サラサラと何かを描いている。
「夕日だ……」
「よく分かったな」
「白黒なのにすごいクオリティ……」
「それが唯一の特技なもんで」
ははっと笑った橙輝はパパに似ている。
普段からそうやって笑えばいいのに。
「あ、また描いてる」
「何が?」
「それ、その女の人!」
「ああ、これか」
橙輝は鉛筆の手を止めて遠くを見つめた。
「この人、彼女……とか?」
「……彼女なんかよりも、もっと特別な存在」
橙輝はポツリと呟いた。
「えっ?」
「この世で最も近くて、
この世でもっとも遠い存在」
橙輝の目に、光が灯った。
まっすぐに波を見つめている。
橙輝はポツリ、ポツリと話し始めた。
「麻美は、昔から天真爛漫な性格だった」
麻美さんという女の人の名前が出てドキリとする。
橙輝の口からこんなふうに
自分の話を聞いたことはないから、びっくりした。
「明るくて、優しくて、
思いやりのあるいいやつだった」
「……うん」
「俺は、麻美のことが好きだった」
「…………うん」
「麻美は、俺の実の姉だった」
「えっ……?」


