「あたし、百瀬じゃないんだけど」
「ああ、桜田、だっけ?」
「うん。それにもう――」
もう、「鳴海」になるんだから。
その言葉を飲み込んで、あたしは首を振った。
「なんだよ」
「なんでもない」
「まあいいや。早くしろよ」
再び歩き出した橙輝は、
さっきよりもゆっくりと歩いていた。
気を遣ってくれているのかな。
結局家に着くまでの間、橙輝は
ゆっくりと歩いてくれて、
なんとか遅れずについていくことができた。
玄関のカギを開けて中に入る。
お母さんもパパも仕事に行っているから、
今は橙輝と二人きり。
橙輝はすぐに二階の部屋へと
上がっていってしまった。
一人リビングに取り残されるあたしは、
そのままソファにもたれ込んだ。
この家に来て三日目。
パパや橙輝がいる生活はまだ慣れない。
この広い部屋も、
前とは比べ物にならないくらい
居心地は良いし、パパも優しい。
だけど、あたしはまだ、心のどこかでは
お母さんとお父さんの仲が
修復できるんじゃないかと
期待を抱いてしまう。
そんなこと、絶対にあり得ないのに。
「お父さん……」
そっと呟くと、頭の中に
お父さんの影が浮かび、
気付くとだんだん瞼が落ちて来て、
あたしは深い眠りに落ちて行った。


