「お休み。梓」
「お、お休み……」
あたしが返事を返すと、
浩平は走って行ってしまった。
モヤモヤが止まらない。
せっかくのお祭りだったのに。
せっかく綺麗な格好で会えたのに。
それなのにこんな終わり方になってしまうなんて。
がっかりして家の中に入ると、
ちょうど二階から橙輝が降りて来ていた。
「あ、帰ったのか?」
「うん」
「楽しかったか?」
「……うん」
「そっか」
柔らかく橙輝が笑う。
本当にパパみたい。
優しく、包み込むように笑う。
橙輝はそのままリビングに消えてしまった。
一人玄関に取り残される。
なんでだろう。
こんなに寂しくなるのは。
こんなに悲しくなるのは。
ただ、自分の気持ちが分からなくなってしまった。
何をこんなにモヤモヤしているのか。
なんでこんなに涙が溢れてくるのか。
下駄でいつの間にか出来ていた靴擦れが
急に痛みだす。
そのまま雑に下駄を脱ぎ捨てると、
あたしは部屋に籠ってそのまま座り込んだ。
浴衣がぐちゃぐちゃになっても気にならなかった。
ふと鏡を見つめる。
ねぇ、梓。
決めたはずでしょ?
浩平を好きになって、
幸せになるんだってそう決めたはずでしょう?
それなのにどうして、
この気持ちが消えないの?
この日、浩平のキスが、
あたしの運命を変えた。
おでこにされた、
ほんの微かなキスだったけれど。


